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ジェイの突っ込むところが悉くズレるから、本当にやりにくい。それを見て浜田は(洋一くん、これも経験になるよ……なんの?)と一人突っ込みをしている。
「ね、体張って盾になるって、武闘派なんだね?」
「そうです」
「蓮、花さんも武闘派だよ! 俺の前に立って守ってくれたんだから」
店にヤクザが来て暴れた時の話だ。
「けど花はヤクザじゃないんだから武闘派なんて言うんじゃない」
「じゃ、兼務って考えればいいの?」
調子が良くなったわけじゃないから、蓮はジェイの相手をするのに疲れてきた。もう返事をせずに鼻を摘まむ。
「だでぃ、すっど! はだして!」
(なにすんの! 放して!)
「黙っとけ。分かったよ、洋一。申し訳ないが電話はやめておく。そんな時に迷惑かけてしまったんだな…… あ! 病院の払いは!?」
「あっ、それ、言わねぇ方がいいです! それ伝えませんからね、俺がドヤされますから!」
鼻を摘ままれている内に、また知らないことはを耳にした。
(どやされる…… なにされるんだろう? さっきは『芝枯れる』って言った。冬だから芝はもう枯れてるのに)
「何から何までってことか。親父っさんには本当に頭が下がるよ」
洋一に笑顔が浮かんだ。親と慕う人がこう思われることが嬉しくて仕方ない。自分だって親父っさんの盾になるつもりなのだから。
「俺もそういうわけで親父っさんの所に行けないんだよね。だからここでお節食べようと思ってさ。正月にお節って学生のころ以来だ」
浜田がすんなりと学生時代のことを言ったから蓮の方がドキリとする。でもその顔に後悔や苦しみは見えなかった。
「じゃ、すみません。俺行きますんで。こっち落ち着いたら連絡しますよ」
「助かる。素人にはその辺が分からないからな。さっきの話だが、危ないことが起きる可能性もあるってことなのか?」
洋一の顔が引き締まった。
「あります。今年からだけどいつ何があるか分かんないってんで、柴山さんは三途川の本宅に移って来ることを本気で考えてるみたいですから」
「凄い世界だよなぁ…… 映画の中みたいだ。そんなとこに出入りしてるんだって実感ないんだけど」
「そうだな、普段のあの家しか見てないから」
「蓮! 鼻が痛いよっ!」
話をしていたから手を放すのをうっかり忘れていたのだ。その間ジェイは必死に蓮の手を叩いていた。
「あああ、真っ赤になってる。待ってろ、冷たいタオルやるから」
勝手知ったる河野家の中を自由に行き来する浜田。
(ウチも花のところみたいになりそうだな)
それはそれで嬉しいような。
浜田も一緒に正月を迎える。年を越えればいろんなゴタゴタが蓮たちを待っている。それでも今夜は穏やかだ。
少しだが、年越しそばも食べた。テレビを点けて3人で喋りながら除夜の鐘の音を聞いた。
(来年。いい年にしような、ジェイ)
浜田がトイレに立っている隙にキスをする。トイレの水音が聞こえて急いで離れる。邪魔者がいる正月も刺激的かもしれない。そう思った。
ところで。インフルエンザの蓮を背負って車に運んだカジは、この年越しの最中高熱を出す。正月の間、三途川家の奥に隔離されることになる。
-その5- 完
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