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緊張①
さて。ここに七生や洋一たちとはまるで違う空気の中にいる2人がいた。
「緊張する」
「頑張ってくれるんでしょう?」
「もちろんだよ! 堂々と凛子ちゃんと一緒にいられる時間を増やしたい。きちんとご両親にお話しして、河野さんに認めてもらう!」
「健ちゃん、それちょっと違わない? 健ちゃんはウチの親に会うより蓮ちゃんの気持ちの方が気になるの?」
「そ、そういんじゃないよ! 凛子ちゃんのご両親に会うのには緊張するんだよ。初めてだし。でも河野さんは怖い。串刺しにされそうな目で見られる」
「大丈夫だよ。ウチのお父さんもお母さんもすごく優しいから」
石尾は見た目の緊張と違って、割と冷静に考えていた。凛子ちゃんに凛子ちゃんのご両親が優しいのは当たり前のことだ。河野さんに言われた言葉が響く。
『お前みたいな馬の骨に大事なスタッフを預けて堪るか!』
(違う、あれは響いてるなんてもんじゃない、俺の脳に突き刺さってる。この前は夢にも出て来た、鬼がエプロンして追いかけて来た……)
だから次の恐怖が浮かんで来た。
(蓮ちゃんでさえあんななのに…… じゃ、凛子ちゃんのお父さんは?)
ぞっとしてきたのがそのまま車のスピードに反映される。
「どうしたの? 車、調子悪いの?」
『いや、俺が』
そう言いそうになって言葉を呑み込む。だらしない男とは見られたくない。
「あれが凛子ちゃんの生まれ育った家なんだね!」
凛子ちゃんの指示するままに右折左折をして「あれ!」と言われた家は、広い花壇のある立派な佇まいをしていた。
「そう? すごく普通な家だと思うけど」
「そんなこと無いよ! あんなに広い庭で」
「健ちゃん! それ、お隣だよ!」
気分を害したような声だから慌ててその向こうを見た。
(わ、ほんとに普通の家だ……)
きっと建売住宅だ、その向こうにある何軒もの家とほとんど変わりがない。庭は申し訳程度にあって、だいぶ古い。壁の色は、昔はきれいなベージュだったのかもしれないなぁと思えるような、えらくくすんだ色だ。
さっきあれだけ感嘆した後だからバツが悪くて次の言葉が出てこない。
「平凡な家だと思ってるんでしょ?」
半分怒ったような声に、びびってしまう。
(う! どう答えるのが正解なんだ?)
あまり間を空ければ、『その通りだ』と答えているのと変わらない。
「ご両親は家を大切にしてきたんだね」
(なんて表現力の無い言葉だ…… ジェイ先輩、助けて!)
きっとこんな時、ジェイならさらっと天然をかました笑えるような感想を言うことだろう。
「ありがとう! そうなの、お父さんがね、初めて買った家をそのまま大事にして来たの。健ちゃんってやっぱり素敵!」
(よ、よかった……!)
さっきの言葉を口にした自分を褒めてやりたい。
それでも車をその家の横に止めた時には、棒を持って死地に赴く腰布だけの戦士になりつつあった。
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