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居間に一歩入ったお父さんの足が、その一歩で固まった。
「お邪魔しています。石尾健と申します」
頭を下げて、上げた時にはお父さんの体がくるっと回って急ぎ足で台所の方に行ってしまった。
(わ! どうしよう!)
『気に食わん!』、背中がそう怒鳴っているようだ。お母さんが「お父さん!」「お父さん!」と言いながら後を追っていく。
間が空いて、お父さんが戻ってきた。
(お母さん、ありがとうございます! 説得してくださったんですね!)
「り、凛子の父の椎名康孝です」
「石尾健です」
気まずい時間が訪れる。石尾はどう話を切り出せばいいのか分からない。凛子ちゃんが助け舟を出そうとした。
「あのね、彼ね」
「か、かれ?」
お父さんが敏感に反応する。石尾は思わず首を竦めるところだった。落ち着かない様子のお父さんはお母さんが置いたばかりのお茶をがぶりと飲んだ。
「あちっ!!」
口からその熱いお茶が流れ出し、慌てた手が湯呑を引っ繰り返してダイレクトに石尾の膝に流れた。
「熱っ!」
飛びのきそうになって、畳が濡れる! と両手でお茶の流れをせき止めようとした。
「熱、熱っ!」
「お母さん! タオルっ!」
お母さんが居間を飛び出して、凛子ちゃんもその後に続いた。
お母さんはすごかった。お父さんにタオルを投げ、石尾がお茶を堰き止めている手元に投げ込んだ。タオルがお茶を吸い込んでいく。ホッとして放した手にもう1本タオルが投げられ、キャッチした石尾は止め損なって下に零れたお茶を拭いた。凛子ちゃんがそこに濡れたタオルを手に石尾に駆け寄って、真っ赤になった手を包み込む。お母さんはまた居間を出て行き、奥からシャワーの音が聞こえた。
「凛子、シャワー出したから!」
凛子ちゃんが石尾の手首を掴んで立たせ、引っ張っていく。
「本当にごめんね! シャワー浴びて!」
「え、シャワーって」
「いいから、早く!」
凛子ちゃんがさっさとボタンを外して石尾を裸にひん剥いていく。
「ま、待って、後は自分で脱ぐから!」
「もう慣れてるもん!」
「い、いや、いいから、」
きっと凛子ちゃんの言葉は居間に届いている。自分で残り(といってもパンツしか残っていない)を脱いで浴室に飛び込んだ。
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