緊張①

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  「さっきの…… お母さん、言いにくい」 「しょうがないわね。健ちゃんを凛子が風呂場に連れて行ったでしょ? ばっちり聞こえたの、凛子があなたの服を脱がすのを『もう慣れてる』って言ったのが」  石尾の酔いがぶっ飛んでしまった。自分でさえもう忘れていたのに。 「いや、責任を取れ、と言う意味じゃない。傷物にされたというつもりもない」 (お父さん、今のはほぼ言ったのと同じです) 「ただ、凛子がきれいになった。溌溂として輝いて見える。凛子、健ちゃんと一緒になりたいのか?」 「結婚って意味!? いいの!?」 「いいわよ。こんな素敵な男性に巡り合えたのは運命だとお母さんは思う! 今日健ちゃんのいろんな顔を見たわ。本当にいい人!」 「全くだ! 健ちゃん! 凛子をよろしく頼む! この子の泣く顔は見たくない。本当に大事に育ててきたんだ。その娘を託す! この通りだ」  お父さんが頭を下げたから、石尾は座布団から下りて手を突いた。 「お父さん、お母さん。凛子ちゃんを必ず幸せにします! 結婚を許してくださってありがとうございます!」 「健ちゃん、私嬉しい!」 「ただ一つ、頼みがある」  ドキリとした。何を言われるのか。 「結婚式までは、その…… 夜を共にしないでもらえないだろうか」 「は、はい?」 「無粋だと思われてもいい、その日まで凛子をただの娘だと思っていたい。その願いを聞き届けてほしい。健ちゃんなら俺の気持ちを分かってくれると思う。よろしく頼む」  結婚を許されたのだ、石尾に否やは無い。 「お父さん、お母さん。俺は真剣に彼女を愛しています。彼女と正式に家庭を持つまでは仰る通りにします」  布団に入って天井を見つめた。いや、暗いからちゃんと見えてはいないが、そういう気持ちだ。 (まさか今日結婚を許されるとは思ってもいなかった……) 今度こそ、天にも昇る気持ちを心に抱く。  その頃、階下では母子が話をしていた。 「お母さん、本当に賛成?」 「もちろん! 私は健ちゃんを気に入ったわよ」 「良かった! ……問題はお父さんだよね」 「そうねぇ。明日の朝、今日のことをちゃんと覚えているといいんだけど。いつも酔っ払うといいこと言っていい気分になって寝ちゃうんだから。朝起きたら『覚えてない』なんて言っちゃって」 「その時には助けてくれるよね?」 「任せなさい」  知らぬが仏は、石尾だった。  
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