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決意②
1人置かれて、洋一は自分の無様さを感じていた。哲平の言う通りだ。七生と別れることを決めたにも関わらず、なぜ子どもに執着しているのか。
ただ一つ。聞いた途端に家族を持ちたくなってしまった。無いと思っていた『親子としての団欒』。だがそこに欠かせないのは七生じゃない…… 子どもだ。
(俺、屑だ…… なんのために諦めたのか)
それは七生を思ったからだった。世界が違い過ぎる、そこに七生を引っ張り込むことなどできるわけがない。
(なら子どもは? 子どもなら俺の世界に連れて行けるのか?)
花が七生に言った通りだ。洋一に親父っさんから離れる意思は無い。
腹が決まった。
襖を開けて廊下を戻っていく。哲平は真理恵と話をしていた。
「哲平さん」
哲平は洋一を見た。その目に決意が現れているのを見て取った。
「さっきの部屋に行こう。七生を呼ぶから」
部屋に入って立ったまま七生を待った。それほど待つこともなく、勢いよく襖が開いた。
「洋一さんっ」
抱きつこうとして七生は止まった。
「その顔どうしたの!?」
「これか? ケンカだよ、兄貴の面子を潰そうとした奴らとな」
抱きつかれる前に洋一は一歩下がった。触れてはいけない、そう思った。自分を断ち切ると同時に、七生にも断ち切らせなければならない。
七生はとまどった。子どもの話をしたから来てくれたのではないのか?
「七生。電話じゃなくて顔見てはっきり言うために来たんだ。俺には家族を持つってのは重過ぎる。はっきり言って俺に大事なのは、いつヤクザ同士の抗争になっても相手を叩き潰すことだけを考えることだ。親父っさんのためなら死ねる。けどそのためにも家族に何か遭ったとしても命を懸けるわけにはいかねぇんだ」
洋一は一気に喋った。自分の言葉が七生に絶望を抱かせているのを自覚している。そして自分の中にもそれがある……
「そんなに…… そんなにヤクザでいることが大事? ね、子どもが出来たのよ、あなたと私の。2人の子どもよ。洋一さんは父親になるのよ?」
「だからって俺の事情はなにも変わらねぇ。やくざとしての面子のためならこうやってケンカも出来る」
「違う! 違うでしょ? もう事情なんてどうでもいいじゃない! お願いだから一緒に子どもを」
「分かんねぇヤツだな…… ガキは堕ろせ。ガキなんかがいるからお前も俺も余計な雑念に惑わされてるんだ、まずそいつを片付けよう」
「かたづける……? あなたって…… そんな人だったの?」
洋一は笑って見せた。
「おいおい、最初に言ったはずだよな、俺はそういう世界にいるんだって。だから近寄るなって。今になって俺に荷物を押し付けんのか?」
洋一は封筒を七生の足元に投げた。
「堕胎って金かかんだろ? それくらいあれば足りるはずだ」
「……ひどい…… 本気で言ってるの? 私は産むわ、あなたの子どもを!」
「金はやった。後は勝手にしろよ。認知なんかしねぇ。もう会う気もねぇ。俺に面倒をかけるな」
言い捨てて襖を乱暴に開け、乱暴に閉めた。中から呻くような泣き声が聞こえてくる……
洋一は涙を流すまいと口をきつく結んで、足音高く部屋を離れた。
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