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行き先は源に告げた。連絡は源とだけ取る。店のことがある。万が一何かあっても源と繋がってさえいればなんとでもなるだろう。
土曜に入っている宴席は10時から12時まで。ずいぶん中途半端な時間だが、仕事上の会食なのだと言っていた。だから仕込みは全て朝の内からやっておく。会食の片付けは簡単だ。だからそれはスタッフたちに託した。来てくれるのは、眞喜ちゃん、匠ちゃん。
最近の匠ちゃんの成長は目覚ましい。いろんなことを自分から積極的に聞いて覚えようとしてくる。貪欲と言っていい。なんにでも応えようとするスタッフたちのお蔭だと蓮は思っている。
「悪いな、いつか埋め合わせするから」
「いいって。ジェイ、少しでも良くなるといいな。この頃見てて辛い時あるから」
「ほんとだよ…… バーテンがシャカシャカするの、卵の泡だて器じゃだめかって、あれ聞かれた時のジェイに戻ってほしいよ」
「いろいろ負担かけてると思う。……すまん」
「なに言ってんだか! ここ、もう大将とジェイだけの店じゃなくなってるから。伴もそうかもしんないけど、俺は2人に惚れ込んでる。じゃなきゃ辞めてるよ。俺はその辺はっきりしてるから」
「そう言ってもらえると助かる」
「俺もですよ。実はここに来る時、人間の深さを勉強しろってイチさんに言われました。今その意味が分かってきたような気がする…… まだまだここで頑張んないと!」
(そうか。やっぱり伴は帰るんだな、組に)
だからこそ正社員にならない。確信を持てたことで逆に蓮は安心した。待遇のことも考えていたからだ。これでもう気にしなくて済む。
仕込みは源としっかりやった。
「これなら大丈夫! 後は任せてのんびり行ってきてよ。もう全部忘れて」
「ありがとう。このこと誰にも」
「言わない。大将も俺からの電話しか出ないこと!」
「そうするよ」
そう言って家に戻る階段の途中で電話が来た。広岡からだ。今日は土曜。花が体調を崩した日。
『すみません、お休みなのに』
「いや、今日は宴席があってその用意が今終わったところだ」
『どうしようか迷ったんですがやはり伝えておこうと思って。花が過労で倒れました』
「なんだって!?」
『今病院で検査中です。俺が連れてきました。1人で動ける状態じゃなくて。かなり悪いです。でも本人は哲平にさえ知らせたくないと言って』
一瞬でいろんな思いが駆け巡る…… 実家でジェイがおかしくなった時、ジェイが頼ったのは花。『はなさんにあいたい』。その花が倒れたことにジェイが耐えられるだろうか……
「広岡、聞いてほしい。俺は今日ジェイを連れて遠出する。あいつは…… 今その知らせをきっと受け止めきれない。俺は今の状態のジェイに知らせるわけにはいかないと思っている。花の存在はジェイに大き過ぎるんだ。すまんと伝えてくれ。今日明日はそのことをジェイには伝えない」
『誰も責めませんよ! ただ河野さんには伝えるべきだと思ったんです』
「ありがとう、教えてくれて」
『ジェイには知らせないということ、周りにも言っておきます。安心してください』
「花を頼む。お前と哲平からの連絡は受けるよ。その他は電話にも出る気はないしメールも読まない。そう哲平にも伝えてくれ」
『了解です。……ジェイを頼みます。安心した顔が見たいです』
「そうだな。俺もそう思っている。何かあったら教えてくれ」
『はい。行ってらっしゃい』
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