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雪の夜のような静けさだった。冷蔵庫のモーター音、何かの電子音、沙知絵の息づかい以外何も聞こえない。耳を澄ませば、早い鼓動も聞こえてきそうだった。
刹那、金属を差し込む音が響き、沙知絵は身体を縮こまらせた。
帰ってきた。
肩に力が入っているのが分かる。リラックスしなければ、失敗する。気づかれては元も子もない。
鍵が開いて、玄関の重い扉がゆっくりと開いた。
「ただいま」
達生の声が聞こえて、叫びそうな口元を沙知絵は必死に押さえた。左手に握る筒から出る木綿のひもを右手で握った。
「沙知絵? もう寝たのかな」
廊下の電気がつけられて、達生の独り言と同時に靴を脱ぐ音が聞こえた。すぐに、ワックスの掛かったフローリングの上を滑るように歩く、スリッパが床を擦る音に変わる。
まだだ、もう少し。沙知絵は震える指に力を入れた。もう少し近づいてきたら、これを引く。衝撃の強さを考えたら、ギリギリまで引き寄せた方がいい。
「沙知絵?」
スリッパの音が近づく。
今だ。沙知絵は握るひもを思い切り引っ張った。
破裂音が暗い部屋に響き渡り、火薬の匂いが鼻をついた。
「達生くん、誕生日おめでとう!」
驚いた達生の顔に、沙知絵は吹き出した。
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