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鳩が豆鉄砲を食らったような顔の達生の頬を、両手で挟んだ。
「お帰りなさい、達生くん。驚いた?」
腕を伸ばすと、背の高い達生の髪に絡まった紙テープを、優しく取り除いた。
「あ、そっか。俺、誕生日だ」
「やだ、忘れてたの?」
泣きそうな顔をしている達生を沙知絵は抱きしめた。きっと達生は、『怪我をさせた僕の誕生日を覚えていて祝ってくれるのか』そう思っているのだろう。いつもそうだ。沙知絵に怪我をさせた翌日は、純粋そうな瞳を潤ませて、偽善者の仮面を歪ませる。
「早く着替えてきて。今夜は達生くんの好きなハンバーグとね、ケーキも焼いたの」
達生は嬉しそうに頷くと、寝室に入っていった。
急がないといけない。ピーナッツオイルで焼いたハンバーグを温めて、ピーナッツオイルを混ぜたケーキを食後に取り分けなければいけない。
達生がピーナッツアレルギーだと知ってから、毎日コツコツと食事に混ぜてきた。まだ軽度で、少量なら経口摂取可能な達生の身体に症状が出ないよう、少しずつ少しずつ積み重ねるように摂取させてきた。
全ては今日のために。
この計画を思いついたのは、無造作に置かれた病院の封筒を目にしたときだった。中に入っていたのは、一枚の検査結果。達生は、ピーナッツアレルギーがあると、記されていた。
やっと解放される。
達生の暴力にも暴言にも、限界だった。達生はいつも、蔑むようなことばで沙知絵の心を傷つけ支配する。少しでも反抗しようものなら、ものを投げられたり髪を引っ張られる。腫れた顔で出かけると、近所に噂されるかもしれないから、顔に傷ができた日はスーパーにも行けない。
でも、明日からは自由だ。
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