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最愛の夫を亡くした妻として、粛々と湿っぽく過ごさなければいけないが、四十九日が終わったら、忌々しいこの部屋を売り払って引っ越すつもりだ。
ジェルネイルをしに、サロンに行こう。まつエクもしてみたいし、フェイシャルエステも受けてみたい。
今まで捨ててきたたくさんのやりたかったことを、実現させる。そのためには、失敗は許されない。
沙知絵は武者震いをすると、キッチンに置かれたフライパンに火をつけた。
最後の晩餐は楽しかった。
達生は優しかった。いつもより饒舌な沙知絵を好ましく思っているように見えた。浮かれすぎて怪しまれたらどうしようかと考えたが、取り越し苦労だったようだ。
恐怖に怯える顔ではなくて、最後ぐらい沙知絵の笑顔を覚えていてほしい。そう考えると、不思議と笑顔になれた。
「これ、プレゼント」
沙知絵は細長い箱を達生に渡した。プレゼントは、達生の欲しがっていた腕時計にした。見当違いのものを送って、また逆鱗に触れては計画がおじゃんになる可能性もある。上機嫌のまま、ケーキを食べ終えてくれなければ、意味がない。
思惑通りに達生は腕時計をとても喜び、沙知絵は胸をなで下ろした。チラリと時刻を確認すると、十時を過ぎたところだった。
達生の誕生日が終わるまでには、幕引きしたい。あと二時間。
「ケーキ、持ってくるね」
わざとらしい微笑みを顔に貼り付けて、沙知絵は立ち上がった。
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