165人が本棚に入れています
本棚に追加
半鐘とは小型の釣り鐘のことだ。江戸時代、火事などの災害情報を伝えるために使われていた。江戸時代の悲恋の物語【八百屋お七】、古典落語の【火焔太鼓】、他にも様々な古典文学や時代小説に、重要なアイテムとして用いられている。
いろいろな打ち方があり、擦半鐘といって、火元が近いことを知らせるために乱打する打ち方もあった。
沙知絵の心臓はまさにそんな感じだった。
緊張感。それは苦しかったりつらい緊張ではなくて、未来への期待に満ちあふれた、ときめきを伴うもので、沙知絵を優しく包んだ。呼吸が速くなる。呼吸音を聞かれては、計画が失敗するかもしれない。
あと五分。
照明を落とした部屋の中、ドアの横に身を潜めながら、沙知絵はゆっくりと深呼吸を繰り返した。
あと五分で達生が帰ってくる。この胸の高鳴りを、頭の血管が切れそうなほどの興奮を、悟られてはいけない。
あと三分。
時間に正確な達生のことだから、そろそろマンションの前に到着しただろう。沙知絵は腫れた唇に指で触れた。
昨夜、味噌汁の温度で激高した達生が、沙知絵に向かってスマートフォンを投げた。スマートフォンは沙知絵の顎に当たり、その勢いで、沙知絵は思いきり唇を噛んだ。血がにじんだ唇は、朝になっても腫れていた。それを見た達生は、顔を真っ青にして沙知絵を抱きしめて謝った。抱きしめられた達生の胸の中で、表情をなくすようになったのはいつからだろう。
達生が激高し、沙知絵が怪我をして、翌朝、冷静になった達生が平ぐものようになるのはいつものことだった。
最初のコメントを投稿しよう!