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渡り廊下で
夜野雨汰は校舎の渡り廊下にいた。名門進学校として知られる私立成城高等学校で音楽講師をしている。悟られないように少し離れた所から彼を眺める。
北村遥叶、十七歳。
雨汰の正常な思考を取り乱している張本人だ。
一八〇センチは優に超える背丈。体の芯は細いのに程よい筋肉で構成された、しなやかな長い脚。それは制服のスラックス越しからでもわかる。
体の部位で見えているのは半袖から伸びる腕のみ。露出していないほうが余計にそそられるというのは決して雨汰だけではないだろう。
ふと、遥叶の胸元に目がいく。おおよそ第二ボタンまで外れているので鎖骨付近が露わになっていた。着崩して着るタイプの彼ではないため、きっとボタンを留めるのを忘れているだけだろうと、夜野雨汰はさらに眺める。
足も大きいが手も大きい。節々も太くなくて長い指をしている。前髪を掻き上げると、指と指の間からサラサラと黒髪が零れた。
大勢いる生徒のうち、彼だけを見ていた夜野雨汰。下半身の高ぶるものを静めるため、ゴクリと静かに喉を鳴らす。
六限目授業終了の鐘の音でひとまず我に返った雨汰。暫くすると、解放感に満ち溢れた生徒達がわらわらと校舎から出てきた。
「夜野先生こんにちは。ボーッとして、どうしたんですか?」
一人佇む雨汰に気遣う女子生徒。共学とはいえ男子より女子が圧倒的に多い。
「こんにちは。いつもの片頭痛でね、風にあたってる」
先生お大事に、さよならと帰っていく。
「さよなら」
彼女の行く先で待っていたのは彼氏であろう男子生徒であった。
(俺も彼氏ほしいなあ……)
と呟く。
自分がゲイだと確信したのは中学二年生の頃 。
当時担任の先生だった男性を好きになってしまったことで自覚した雨汰。それとなくそういった電波は出していたせいか、ゲイであることをごく自然に受け入れた。
先生は自分より十以上も歳の離れた二十六歳。同世代からは微塵も感じられない大人の色気を醸し出す。眼鏡とスーツというだけでおかずになる、たまらないアイテムだった。
授業中、黒板の前に立って授業をする先生のスーツを一枚一枚剥ぎ取って丸裸にしてゆくのだ。関ヶ原の戦いとか参勤交代とか全くどうでもよいのだ。全身を舐めまわすように目で犯すことだけに集中する。
しかしそれだけでは飽き足らず、家に帰るなり制服のスラックスとパンツをおろして自慰行為。もう救いようもない変態だということも自覚していた。
(遥叶に知れたら絶対引くやつ)
ゲイのことは誰にも打ち明けずにいたが、高校からの親友、北村奏多だけが唯一それを知っている。
夜野雨汰が勤務する私立高校は閑静な住宅街の中にあった。屋根のある渡り廊下にいれば風が通り抜けるので、夏の暑い時期でもわりと涼しい。片頭痛もちの雨汰はよくここへ来ては物思いに耽った。
(ちょっと根詰めて曲作りしすぎたか)
雨汰は音楽講師をする傍ら、個人的に作曲活動もしている。主に個人主からの依頼でユーチューブ動画の楽曲などを作って提供する。担任を受け持っていないので授業が終われば音楽室に籠り作曲を続けていた。
雨汰は、楽譜を抱えながら体を手すりに預け頬杖をつく。クラスメイトに囲まれている王子こと北村遥叶をただ見つめる。
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