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「……切符」
思わず呟く。それは、日付も金額も書かれてない、「幻夢」とだけ書かれた青い紙切れ。
地名だろうか、持ってないと海には出られないのだろうか。
幾つもの疑問が頭に侵入しては「夢だから」の都合の良い言い訳で全てを押し出す。
建物を抜けて、船の方に向かってみる。潮の匂いのない、茫洋たる海が見えた。その手前までは土のように密度のあるコンクリートのように堅い地面が広がり、砂浜もない。
こういう光景は見たことがある。船乗り場だ。なるほど、それならこの切符も合点がいく。
「夢だよね。うん、そうだ、夢だ」
自分自身に言い聞かせるように、深く頷く。今から船が来て、当てのない、果てのない旅に出ようとしてるんだ。
その時、ボーッと汽笛が聞こえた。
「入港、ってことかな」
予見に応じるように、向こうからゆっくりと、一艘の船が向かってくる。
10人乗りくらいの小さい真っ白な船。操縦席のようなものはなく、少し大きめのボートの後ろにエンジンらしきものがついている。
「汽笛、ついてないじゃない」
不可思議な点を口にする。灰色の水平線を見渡しても、他に船はない。どこから鳴ったのだろうか。
船は私の目の前まで来て、ピタリと停まった。誰も乗っていない。やっぱり、これから私の一人旅が始まるんだな。
その時。
「待たせたな」
子供向けホラー映画で聞くような、低くくぐもった声。音の方向に振り向くと、そこには二足歩行の狼がいた。
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