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「…………え?」
建物や切符と同じ色の一枚布で作られた服を着ている。ほぼ胴だけを隠していて、けむくじゃらの四肢と鋭い爪は剥き出しになっていた。
しかしその顔には、私がこれまでなんとなく抱いていた「賢さ」の印象はなかった。
「あ……あ…………」
「そんなに驚くな。すぐに見慣れる」
代わりに感じたのは、言いようのない「恐怖」。目があるはずの部分に、目がない。伽藍堂の大きな黒い窪みが2つ、そこにある。
あまりにも不思議で不気味なその容貌に、ぞくりと鳥肌が立った。
「アナタ、は…………その…………な、に…………?」
「この港の番人だ。『幻夢』の名を持つ港のな」
途切れ途切れの問いかけに、胸が共振で震えるような低音で返す。
「幻夢……ここから船に乗るのよね? どこに向かうの?」
そう聞くとその狼は、眼球のない窪みでこちらを見た。
「船は来るが、お前は乗れない。そもそも、人間は乗ることができない」
そして、ぐいっと顔を近付け、煙でも撒き散らすかのような勢いでフシュルル……と息を吐いた。
「乗せるのはお前の感情や記憶だ。お前が消したい、無くしたいと思うものだ」
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