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「……分かっているだろう?」
再び、彼は笑った。目の無い目で、歯を剥き出しにして、嘲るかのように。
「今日、『感情や記憶を消したい』と少しでも願った人間の中から、ランダムで決まるんだ」
「願った人間……なるほどね、ありがと」
おざなりのお礼をして、ふうっと強めに息を吐く。ああ、やっぱりそういうことなのか。
「乗船、断ってもいいの?」
「質問は1つじゃなかったのか」
「いいから」
「断っても構わない。それならそれで、別の人間のところに行くだけだ」
目のない狼と顔を合わせる。確かに彼の言う通り、恐怖しか覚えなかった不気味な顔も内臓に響くような低い声も、割と慣れてきた。
「そう……少し、考えさせて」
「ああ。ただし、5分後には出港だ。そういう決まりなんでな」
「わかったわ」
狼は時間をやるとばかりにどこかへと歩いて行った。
「想いを、消す……」
そこからはずっと、思考を巡らせた。2択で悩んだのではなく、決断を肯定する材料を見つけるために。
想いを流せば、毎日泣くほど苦しんでいたことから解放される。私は大学での恋愛を夢見る受験生になり、和桜とはただの「部活仲間」になるだろう。
女子を好きになるのはこれからも変わらないかもしれないけど、まずは今の苦しみから逃れないと完全な袋小路。
何より、夢でこんなことになるほど追い詰められていた、という事実が、私の決断を後押ししていた。
それほど、今は辛い。
距離を詰めようにも、嫌悪が怖くて、拒絶が恐ろしくて、この出口のない暗澹たる闇を抜け出せようにない。
よし、忘れよう。こんな機会、願って来るものじゃない。もらった幸運を大切にしなきゃ。
明日から和桜とは、知り合い。そこから、友達にでもなれたらいいな。
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