3.無くしたいもの

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「決まったか」  見計らったように、気配なく狼がやってきた。 「……やるわ」 「分かった。では、準備を始めよう」  そう言って彼はバンッと両手を合わせる。  そしてゆっくり開くと、そこには私が片手で持てるくらいの、小さくて真っ白い人型の人形があった。 「これをおでこに当てて、無くしたいものの願いを込めろ。なるべく他の雑念は消せよ」 「単純な仕組みなのね」  いいからやれ、という狼の催促を受け、人形をもらっておでこにつける。  油性マジックが使えそうなツルツルした生地の人形は随分冷たくて、頭がひんやりと気持ち良い。  あの子への想いを、消してください。  もう毎日毎日、精一杯頑張ったから。  そろそろ、楽にしてください。  2人とも幸せでいられるように、消してください。 「出来たわよ」 「ああ」  人形を手渡すと、狼は表情を変えず、ふしゅるる……と息を吐いた。灰色の海を前で、彼の息が白く空を舞う。 「じゃあ、行くぞ。ちょうど5分だ」  狼が天を仰いだあと、その真っ白い人形を船に乗せる。  乗員はこれだけ。狼本人も乗らず、私の隣に戻った。 「出港、だな」  ボーッと、再び汽笛が鳴る。この船じゃないどこからか、幼いころビール瓶に口を当てがって息を吹きかけたような、懐かしくもある音が響く。 「この船が行ったらお別れだ」  一仕事を終えた充足感からか、狼は鼻歌を鳴らした。  聞き覚えのあるメロディー。あの子がよく奏でていた、あのメロディー。
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