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偶然か故意かわからないあの曲が耳に吸い込まれ、代わりに目から涙が溢れた。
和桜。
「待って……待って!」
今にも動き出しそうだったボートに飛び乗り、置かれた真っ白な人形をひったくるように取って抱き寄せる。
「おいお前、時間――」
「持っていかないで! 私のものだから!」
和桜。
貴女が好きで。どうしたって貴女が好きで。
「私の、ものだから」
その人形を頬に寄せ、濡れ跡を作った。
幻夢は、即ち「現無」。今を、無かったことにする。
私が和桜を好きだということも、無かったことになるだろう。
それはそれで幸せなことかもしれない。私は余計なことに苦しまずに済む。
私は。
私?
和桜を好きじゃない私?
それは、私?
多分違う。きっと違う。
「和桜……和桜……!」
私はいつも頭が足りなくて。公式を覚えたって、赤本を捲ったって、肝心なことはこんな状況にならないと気付けなくて。
「消さないでいいのか」
「いい。気にしないで。急にやめてごめんなさい。もうどっか行って」
これも、私の証だから。
和桜を好きなところを含めて、きっと自分だから。
「分かった。たまにお前みたいなヤツがいるんだよな。5分経ってギリギリで取り戻そうとするヤツが」
面倒なヤツに当たっちまったと言わんばかりに、彼はフシュルルルル……と天に向かって息を吐いた。白い煙がもうもうと天に昇る。
「間違ってるかもしれないけど、その、ありがとう」
何の返事もしないまま、彼は消えていく。
やがて、私の意識も遠のいていった。
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