3.無くしたいもの

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 偶然か故意かわからないあの曲が耳に吸い込まれ、代わりに目から涙が溢れた。  和桜。 「待って……待って!」  今にも動き出しそうだったボートに飛び乗り、置かれた真っ白な人形をひったくるように取って抱き寄せる。 「おいお前、時間――」 「持っていかないで! 私のものだから!」  和桜。  貴女が好きで。どうしたって貴女が好きで。 「私の、ものだから」  その人形を頬に寄せ、濡れ跡を作った。  幻夢は、即ち「現無」。今を、無かったことにする。  私が和桜を好きだということも、無かったことになるだろう。  それはそれで幸せなことかもしれない。私は余計なことに苦しまずに済む。  私は。  私?  和桜を好きじゃない私?  それは、私?  多分違う。きっと違う。 「和桜……和桜……!」  私はいつも頭が足りなくて。公式を覚えたって、赤本を捲ったって、肝心なことはこんな状況にならないと気付けなくて。 「消さないでいいのか」 「いい。気にしないで。急にやめてごめんなさい。もうどっか行って」  これも、私の証だから。  和桜を好きなところを含めて、きっと自分だから。 「分かった。たまにお前みたいなヤツがいるんだよな。5分経ってギリギリで取り戻そうとするヤツが」  面倒なヤツに当たっちまったと言わんばかりに、彼はフシュルルルル……と天に向かって息を吐いた。白い煙がもうもうと天に昇る。 「間違ってるかもしれないけど、その、ありがとう」  何の返事もしないまま、彼は消えていく。  やがて、私の意識も遠のいていった。
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