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「婚約者のフリ……だと?」
しかも実際に婚約もするという。
驚く次期公爵に、ベルは言葉を紡ぐ。
「あなた、嫌いでしょ? 半分庶民の血の入っている貴族の庶子なんて」
ベルの指摘に次期公爵は息を呑む。
どうせ調べてあるんでしょ? とばかりにベルは微笑む。
「だけど、困りましたねぇ。社交界で話題の注目株、引く手数多の次期公爵様がこのままだと爵位を継げないなんて、一体誰が思うでしょう?」
ふふっと楽しそうな口調でそう言ったベルに、形の良い眉が不快そうに寄る。
だが、別に次期公爵夫人の座に興味ないどころか結婚そのものに興味がない、なんなら次期公爵自体にも興味がないので、ベルは次期公爵の態度も特に気にならない。
だけど、とベルは思う。
「普通、ありえませんよね。私みたいな成金貴族と呼ばれている伯爵家の令嬢に、あなたみたいな生粋の上流階級である公爵令息との縁談なんて」
ベルは困ったような顔をして、申し訳なさそうにそう言った。これでも巻き込まれた次期公爵に同情はしているのだ。
「ブルーノ前公爵様、並びに現公爵様が兄を……ストラル伯爵をあれほどまでに気に入らなければ、あなたにこんな無理な話を、つまり爵位継承の条件に私との婚約だなんて話を押し付けることもなかったと思います。その点についてはお詫び申し上げます」
ベルは申し訳なさそうに微笑んで、そして深々と頭を下げた。
「君が謝ることは何もないだろう」
「ふふ、次期公爵様はお優しいですね。でも、コレ完全に巻き込み事故ですから。怒ってもいいですよ? ウチの兄に」
ベルだってはじめはまったく気乗りせず断る口実を考えて頭を悩ます兄の顔を立ててしかたなーく1回会ってダメでしたという体をとるつもりだったのだ。
本来ならお目にかかる事もない天の上の人との結婚なんて冗談じゃない、と。
「ウチの兄は、ちょっとばかり特殊な体質の持ち主でして。その上ヒトよりかなりお人好しなのです」
ベルは話ながら紅茶を口にする。
この紅茶は少し冷めても変わらず美味しくて、ベルは思わず顔を綻ばせる。仕入れの会議の際に『絶対こっちです』と主張した、お義姉様の得意げな金色の瞳を思い出し、ベルはくすっと笑う。
「兄は昔から、困っていれば犬でも猫でも妹でも弟でも従業員でも嫁でも拾ってくる人でしたが、まさか拾った相手が行方不明になっていた前公爵様だったとは夢にも思いませんでした」
所作がとても綺麗なおじいちゃんだとは思っていた。だが、一時はうちで暮らしていて、幼い頃によく遊んでくれていた、昔馴染みのお得意先のおじいちゃんがまさかブルーノ前公爵だなんて思いもしなかった。
『ベルちゃん大きくなったらウチの孫のお嫁においで』
なんて、ご近所さんの冗談レベルの話がこんな大事になるだなんて、誰が予想しただろう。相変わらずの兄の引きの強さにベルは失笑するしかない。
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