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「ルキ様も頑張ってお野菜食べていますので、シル様ももう少し召し上がってくださいね」
とベルはシルヴィアに優しい口調で促す。
屋敷にはじめて来た時から、シルヴィアの食の細さには気づいていた。
「そうね。もう少し頑張るわ」
ベルに促され、シルヴィアは止めていた動作を再開する。
「ナツさん達とっても喜んでましたよ。シル様が手をつけてくれる皿が増えたって」
ひとりで食事をしていた頃のシルヴィアはほとんど食べない子だった。それこそ手付かずの皿がいくつも厨房に戻るほどに。
「……お兄様と……ベルも一緒に食べてくれるの、嬉しくて」
褒められてはにかんだようにそう言ったシルヴィアを見て、ベルはふいに伯爵家に引き取られる前の母のいないハルと2人だけの食卓を思い出す。
母が自分たちを養うために仕事に行っているのだと理解はしていた。それでもお母さんと泣きじゃくるハルを宥めながら、とても寂しかったのを覚えている。
「……シル様。差し支えなければ、明日は朝食もご一緒してもよろしいですか? 休日ですから」
いつでも厨房を借りられる許可を得ているベルは、普段は朝の早い使用人の皆さんと一緒に済ませるか、自分で簡単な朝食と昼食を調理して用意している。
期間限定の契約婚約者が家族の代わりなどできるわけがないことくらい十分承知している。
だが、できることならなるべくシルヴィアが寂しく食事を取る時間が減ればいいなと思ってしまう。
「……お昼も一緒に食べてくれる?」
そう尋ねるシルヴィアにベルは笑顔で頷く。
「承りました。明日はお天気も良いようですし、お庭でお茶などいかがですか? 公爵令嬢であるシル様にお茶会のマナーをご指導頂けると私もこれからお呼ばれするにあたって自信を持って参加できそうなのですが」
「し、仕方ないわね! そこまで頼むならしてあげてもよくってよ」
「ふふ、では楽しみにしていますね」
そう笑いながら、これが自分の自己満足に過ぎないことを分かっているベルは、チラッとルキの方を盗み見る。
できるなら、彼が自分と契約している間にもう少し家族との時間に重きを置くように変わってくれないか、と思ってしまう。
そして叶うなら、彼が将来選ぶ相手がシルヴィアに優しくしてくれる人であればと願ってしまう。
自分にとって、義姉のベロニカがそうであるように。
「ところでベルのお皿、量少なくない? 品数も少ないし」
不意にシルヴィアにそう話しかけられ、ベルの意識は皿の上に戻る。
「あらかじめ食べられる量で調整してもらっているので」
ナツさん達が一生懸命作ってくれる料理を残すのがもったいなくて、と話すベルの皿を見て、
「私も、明日からそうしてもらおうかな。ナツ達に悪いもの」
とシルヴィアはぽつりとつぶやく。
シルヴィアもいつも気になっていた。この残された料理がゴミ箱に行くのだと思うと、何となく苦しいと思ってしまう。
だけどどうすればいいか分からずに、いつも手付かずの皿を見送っていた。
「じゃあ明日からはシル様の分も調整するように頼んでおきますね」
食べられる量が増えたらその都度調整しましょうね、とベルは優しく笑う。
「明日も、みんなでごはん食べられるのよね」
「ええ、約束です」
嬉しいとはにかんだような笑顔を浮かべ、一生懸命頑張ってディナーを食べるシルヴィアを見ながら、天使かっとつぶやいたベルはマナーレッスン中でなかったら抱きしめるのに、と内心でシルヴィアの可愛いさに悶えた。
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