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「正式に婚約したんだって? おめでとう」
休憩時間になり、ルキの元にやってきたレインは婚約祝い何がいい? と開口一番にそう聞いた。
「……なんか、視力落ちたかもしれない」
盛大にため息をつくルキに、最近忙しそうだったしなと心配そうに彼を見たレインは、
「何、見づらいの? いい眼鏡屋紹介しようか?」
知人を紹介しようとするが、
「いや、なんかベルが可愛く見える」
と聞き固まる。
「……惚気かよ。解散っ! もう聞かん」
「なんでだよ! 惚気てないし」
レインの発言に全力で撤回を求めるルキは、話を聞いてくれとレインを引き留める。
「だっておかしいだろ。だって、相手はベルだぞ、ベル」
ない。
絶対、ない。
とルキは今までのベルから受けた数々の仕打ちを思い出す。
「ヒトのこと揶揄うのが趣味みたいな人間だぞ? 口を開けばすぐ憎まれ口叩くし」
残念なイケメンとはルキのためにある言葉だ。
野菜を食べられないなんて子ども。
ルキがモテるのが今年一謎。
普段がポンコツ過ぎる。
普段が残念過ぎて男性として魅力を感じないどころか人としての好感度が日々ダダ下がり。
などなど、今までルキが言われた事などない暴言を吐く上、息をするようにヒトのことをおちょくってくる。
仮とは言え婚約者のはずなのに、シルヴィアに対する態度と違い過ぎないかとルキは思う。
「誰もが振り返る絶世の美女ってわけでもないし。容姿的にはシルヴィアの方が可愛いだろ」
チョコレートブラウンの少し癖っ毛のある髪にアクアマリンのような透明度の高い水色の瞳をしているベルの容姿は、綺麗どころが多い貴族令嬢の中では目立つとは言い難い。
「12歳の妹と比べるなよ。普通に引くわ」
目の前のルキと同様プラチナブロンドの髪と濃紺の瞳を持つシルヴィアは、かなり容姿端麗だ。あれでまだ12歳なのだから、間違いなく美人に育つだろう。
が、だからといって、婚約者と比較するのはいかがなものかとレインは思う。
「ならレインの従姉妹のカリンとかでもいい。ベルより綺麗な人も可愛い人ももっと沢山いるはずなのに」
ベルが可愛い、と思ってしまう。
特に普段勝ち気な彼女が熱に浮かされて弱っていたところを見た後から顕著にそう思う。
「…………何、ルキは結局自分の婚約者が一番可愛いって言いたいの? やっぱただの惚気じゃん」
「言ってない。断じていってない」
そんな事は言っていない、とルキは強めに否定する。
将来のパートナーを探すためにも、まずは女性を視界に入れることに慣れましょうかとルキに言った翌日から、ベルは着飾るとまではいかないまでも私服でいることが多くなった。
ベルがメイド服を着なくなり、普通に貴族の子女として振る舞う様を見れば、ベルに対しても苦手意識が募るだろうと思っていたルキの予想に反して存外平気で、むしろ可愛いとさえ思ってしまう。
「いいじゃん。そのうち結婚する相手なんだし、可愛く思える相手ならなおいいじゃん」
今まで女性関係が散々だったことを知っているレインは、ようやくまともに交際できそうな相手に対してルキが頑なな理由が分からない。
「…………しない」
首をひねるレインにぼそっとルキはそう漏らす。
「は?」
「俺は、ベルとは結婚しない。ベルとはあと8ヶ月の付き合いなんだ」
「……どういうこと?」
だから婚約祝いは受け取れないと前置きして、ルキはベルとの契約婚約について洗いざらいレインに話した。
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