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「……そんなわけで、功績上げるまでの時間稼ぎ。このまま順当に行けば年末の仕事の結果で俺の昇進が決まる。そうなれば結婚しなくったって父は俺に爵位を譲らざるを得ない」
「……なるほど、な」
レインの中で、今までのルキやベルに対しての違和感が埋まる。
「ルキはそれでいいの?」
と、同時にそう思ってしまう。
「いいも何もないよ。ベルとはただの契約関係だ」
契約関係……ねぇとレインは頑なに認めないルキにため息をついて口内で単語を転がす。
レインは割と初期の段階、おそらくルキ本人が自覚するより前から彼がベルに対して好意を持っていることに気づいていた。
とは言えルキ本人が認めない上に、当事者同士納得している問題に第3者である自分が首を突っ込むのもいかがなものかと、レインは友人に対してため息をつく事しかできない。
「失礼いたします、モリンズ秘書官、ブルーノ秘書官にご依頼の資料をお持ちしました」
沈黙が落ちた部屋に軽くノックの音がして、執務室のドアが開く。
姿を覗かせたのは、首から身分証のIDを下げたベルの弟、ハルステッドだった。
「……ハル。短期で入った学生のアルバイトって君か」
人当たりが良くとても気の利くアルバイトが入ったと話題になっていた事を思い出し、ルキが話しかける。
「ええ、夏休み中のアルバイトを探していたら運良く雇ってもらえたので」
資料を渡して、ハルはにこやかに微笑む。
「君は外交省志望だったのか」
彼とはベルを通じて何度も会ったが進路の話はした事がなかったなとルキはそう口にする。
外交省と言えば国家公務員としては最難関で、将来ここで働きたいと希望する学生が職場見学がてら夏のアルバイトに来る事が多い。
「いえ? 外交省時給いいなぁーって軽い気持ちで応募したら採用されたので」
が、ハルはすぐさまそれを否定。
来年は就職活動で忙しいと思うので、今のうちに稼ぎますといったハルが、『ガッツリ稼ぎますよー!』と気合いを入れて商談に向かうベルと重なる。
将来を見据えた学生が殺到し、かなりの倍率であったはずなのに、時給の高さ目当てのハルが採用されたのかとルキは苦笑した。
「ハル君、この資料も君が用意してくれたの?」
パラパラと資料を確認したレインは、指示外のものも追加で添付されているのを確認し、ハルに尋ねる。
「差し出がましいかと思いましたが、最新のものが更新されておりましたので」
不要でしたら持ち帰ります、と言ったハルに、
「うん、本当に気が利くね〜。みんなが騒ぐわけだ。本当に来年うち受けてみない?」
とレインは勧誘をかける。
「うーん、お返事保留にさせて頂きます。国家公務員になるのは決めているんですけど、まだ志望先絞れてなくて」
実は他からも誘われてまして、と人好きするにこやかな笑顔でハルは明言を避ける。
「ハルは実家の家業に携わらないのか」
兄の会社に就職するために外交省を受けて内定を蹴ったといったベルの話を思い出し、ハルが国家公務員志望だと聞いたルキは意外そうにそう口にする。
「僕は兄や姉のように商才はありませんし、堅実にいきたいなぁと思ってます」
普段の2人の様子を思い出したハルはクスッと笑う。
「それに、兄も姉たちもちょっと自由が過ぎるので、誰か1人くらいは貴族らしく国に仕える仕事についた方がいいかな、って」
良くも悪くもストラル伯爵家は何かと目立つ。ここらでバランスを取っておくほうがいいかなぁと常々思っていたハルは、兄や姉を反面教師とし、堅実な道を選択する。
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