序章 担任尾崎の気苦労

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序章 担任尾崎の気苦労

「えー…次、松本啓(まつもとけい)くん。」 一年B組担任の尾崎大成(おざきたいせい)は、新学期初日の第一限目を自己紹介の時間にすると決めていた。 前々から(うわさ)に聞いていた問題の子供の担任になるとは、去年までは思いもしなかったが…とにかく、このクラスで松本啓は名前順で一番最後だった。 「はい。」 返事をして立ち上がったその子供は、色白で痩せ気味で元気がなかった。立ち上がる時もふらっとしていて、どこか弱々しい印象を受ける。 (まあ、それも無理からぬことだな。) この子の生まれと環境は、決して良いとは言えなかっただろう。だが環境なんて言ってしまえば、この子にとって良い環境なんて現在の日本のどこにもないに違いない。法律で禁じられた4人目の子どもである以上、この国では仕方のないことなのかもしれない。 「松本啓(まつもとけい)です。神奈(かんな)小出身で、本が好きです。よろしくお願いします。」 覇気のない声で簡単に済ませるとその子供どもは静かに着席した。 生まれだけでなく、兄との確執(かくしつ)も問題だと前もって小学校の担任の先生や校長から話は聞いていた。 見る限りでは反抗など手に負えないことをするようには思えない。比較的操縦しやすいタイプの子だろう。可哀想だとは思うが扱いやすい方が助かるし、自分にはせめてこの子があまり辛い思いをしないように手助けするくらいしかできないと思う。この子だけでなく、他の子供たちのことも考えなければならない立場なのだ。子供というものは往々にして心変わりしやすく、良くも悪くも他者から影響を受けやすい。 蔵須(くらま)中学は3つの小学校から生徒が集まってくる。神奈(かんな)小出身の子が、その子の悪口などを他の学校の子に話さなければ良いのだが…おそらく無理だろう。子供の噂話やお喋りを止めることは不可能だ。 教師とはやりがいの多い仕事だが、その分気苦労も絶えない難しい職業でもある。生徒との関係、同僚との関係…モンスターペアレンツとの戦いはどこも悲惨だ。 すでに、同じ神奈(かんな)小出身の子供たちが同じ出身である彼に剣呑(けんのん)な視線を送っていた。 兎にも角にも、 (今年は難しいクラスになりそうだ…) 覚悟を決める尾崎大成(おざきたいせい)である。
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