第一話 松本啓

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第一話 松本啓

「おいあいつ、今日も()りずに学校来てるぜ。」 「頭おかしーよな。それとも人間の言葉わかんねえんじゃね。」 「陰気臭いし存在自体邪魔(じゃま)じゃん。」 「そもそも生まれてきたのが間違いだろ。」 「それ真実。」 「あ、言っちゃった?聞こえたかな。」 「バーカ人間の言葉わかんねえんだから聞こえても関係ねえだろ。」 「そりゃそうか。」 朝登校して廊下を歩くと、そこかしこで聞こえてくる陰口は、物心ついた時から慣れっこだ。みんなの言ってることは正しいし、僕もそう思っている。だから、みんなのことを別に嫌いにはならない。当然の反応だと、今や小鳥の鳴き声と同じくらいの日常的風景として僕の横を通り過ぎていった。 気づいた時には、僕は周りの人から敬遠されていた。 小さい頃の僕に理由なんてわからなかったけど、僕の存在が周りの人々にとって受け入れられないものだというのはなんとなく分かった。家族は普通に接してくれるし、僕にはそれだけで十分だった。 けど、成長するにつれて双子の兄の(かい)からは、しょっちゅう暴力を受けるようになった。長男の(こう)は暴力こそ振るわないものの、次第に冷たく当たるようになって、今や家にいても一言も交わさない。父さんと母さんは、僕のせいで政府から多額の罰金を課されて働き詰め。父さんは家には滅多に帰らず、母さんは家に帰ってくるが、いつも酷く疲れて痩せていた。 家で唯一僕の拠り所といえば、姉さんの(あん)だけ。昔から変わらず、優しくて明るくて力強い。姉さんは生きる活力に溢れていて、いつもキラキラと光っている。姉さんに会うと、僕も頑張ろうと思えるし、姉さんの光を少しでも分けてもらえるんじゃないかって馬鹿なことも考えたりした。 そもそも、何故僕が家族からも敬遠され学校では疎まれているかというと、十数年前、日本では少子高齢化をどうにかしようと新しい法律を決定した。 “一家庭につき子供は3人まで” それが、僕の存在が認められない理由。少子化というよりも、未来の社会が高齢化するのを防ぐための法案らしい。 昔の経済成長中の日本は若者で溢れていたようだが、その若い世代が歳を取ると、その分だけ高齢者が増えるというのは考えたらわかる。でもその後の日本のまずいところは、生まれる赤ん坊が少なくなってしまったことだった。それまでは4人や5人や6人兄弟なんてざらだったのに、経済や農業、食文化など様々なことが要因になり子どもが減っていった結果、超高齢化社会になってしまったというわけだ。 そうして介護方面や医療業界、それ以外でも高齢化した世代の穴を埋める若い世代は大変な苦労をすることになった。いわゆる人手不足というやつだ。どこもかしこも人が足りなくなり経済は良くなる兆しがない。そのくせ技術や施設はどんどん新しくなり、人材が追いつかない。金を稼ぐのが難しくなり、自然と子どもをつくる家庭は少なくなる。子どもを育てるのは大変な労力と金が必要だ。そうして両親が共働きの家庭が増え、孤独な幼少期を過ごす子どもが増え、親の愛を受けずに育った子どもは性格や素行に問題が出てきたデータもあったらしい。そういう子どもが社会に出た時、どんな働きができるだろう。すべての家庭に当てはまるわけではないが、社会問題になるには十分すぎる内容だった。 その時にできた現在の法律では、4人目の子どもを産むには政府の許可を得なければならず、それには1000万円を政府に対して支払わなければならない。許可を取らずに産んだ場合は罰金ということになり、多分その倍くらいかかるんだろう。 だから、大抵の家庭は2人くらいでやめておく。そもそも裕福な家庭なんて大企業の社長の家族とか、一部の金持ちだけなのだ。一般家庭は日々生活するので必死だから、子どもをたくさんつくろうなんて親は今どき珍しい。この法律ができてもあまり困った家庭はいないだろう。 でもやっぱり原則、子供は3人までと国の法律で決まっているから、政府から許可を取れたとしても人には法を破るのに近い行為と思われる。 うちの両親は出来るだけ欲しがって、それでできた3人目が双子だったというわけだ。 その双子の弟が僕、松本啓(まつもとけい)。 父さんも母さんも、4人目を望まなかったとしても子供を殺すなんてできなくて、育てることを決心した。 しばらく父さんとはまともに会っていないし、母さんともあまり話したりしなかった。 きっと2人とも、本当は僕さえいなければと思っているんだと思う。だから僕は、家族からも学校のクラスメイトからも、社会からも認められない生まれながらに罪を背負った4人目の子どもなんだ。
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