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第三話 坂本太介
「おっ。今日は坂本くん来てるね。体調は大丈夫かい?」
「はい。もう平気です。」
「それは良かった。何かあれば誰でもいいからすぐに言うように。無理は禁物だぞ。」
「はい、ありがとうございます。」
朝のホームルームの時間、出席確認で先生に話しかけられていたその子は、3日ぶりの登校だった。
体が弱いのか、入学して1ヶ月の間に、全部でもう5日も欠席していた。あんまり休むものだから教室では少し浮いていたが、同じ小学校の出身らしい子と話しているのをよく見るので、僕と違ってはみ出し者にはなっていないらしい。
坂本太介。
初めて見た時はたいすけ、と読んでいたけど、本当の読みはたすけ。入学式の時、尾崎先生も同じ間違いをしていたから、印象に残っていた。
坂本くんは林小出身で、違う小学校出身の子たちは、僕と同じように結構驚いていた。
そういう僕は、なるべく存在を消そうと努力したおかげか誰からも声をかけられずに今日まで無事に来ることができた。虐めてくる奴もいないし、同じ神奈小の子たちも飽きてきたということなのか、嫌なひそひそ声や視線は感じるものの、表立って近づいてくる子はいなくて今のところそれなりにほっとしている。このまま何事もなく日々が過ぎていくようにと願うばかりだ。
けれど、
「よーし、ちょうど坂本くんが戻って全員揃ったことだし、今日は5月の自然学舎の班決めをするぞー!」
考えていたそばから、尾崎先生が大きな声で言い、教室はにわかに騒がしくなった。まだ入学して1ヶ月しか経っていないのもありみんなの笑顔は少し遠慮があるけど、楽しみなのは変わらないようで、新しい友達と示し合わせたりしている。嫌な予感しかしない。
「じゃあまずは、日中に行動する班から決めるぞー!基本は男子3人、女子4人の6人グループで…」
「誰かー、松本くんと同じ班になってくれる人はいないかー?」
予想してたことだけど、余り者としてクラスに晒されるこの惨めな瞬間は、いくら虐められているのに慣れてる僕でも穴があったら入りたいくらいに恥ずかしかった。
女子は人数が多く、4人グループが5班と3人グループが1班。男子は3人グループが5班と2人グループが1班という割り振りになった。
「仲の良い友達と組みたいのはわかるが、いろんな人と交流を深めるのがこの時期の自然学舎の目的なんだ。誰でも良いんだぞ?松本くんと組んでみよう!っていう人はいないか?」
こんな時、戒がいてくれたら…って考えてしまうのは、もはや癖だ。僕を疎ましく感じて離れてしまったんだとしても、僕にとって戒はヒーローであり憧れだった。
しばらく先生の声かけが続いて、この調子だと1限いっぱいかけても決まらないかもしれないな、と考えていたとき。
「あの…僕、班組みます。」
控えめにそうなのに出てくれたのは、あのしょっちゅう欠席する坂垣太介だった。
「た、太介っ」
心配そうに呼んだ友達ににっこり微笑むと、坂本くんはこちらに来た。
「おっ、組んでくれるか。じゃあ決まりだな!じゃあ次は男子と女子の班を合体するぞ。こっちはくじで良いかな?」
先生はそう言ってノートの紙で簡易的なくじを作り始め、女子はきゃあきゃあと騒いだ。
「あ、あの…ありがとう。」
せっかく楽しい自然学舎なのに仲の良い友達と離してしまって申し訳ないと思いつつ、出来るだけ存在感を無くしたいので小さな声でお礼を言うと、にこっと笑って、
「ううん。実は僕、前から松本くんと話してみたいと思ってたんだ。」
と言った。
僕はびっくりしたが、入学して僕の噂を聞いていないはずがないし、きっとお世辞だろうなと思い直した。調子に乗ってしまったら、またいじめっ子の標的になってしまうかもしれない。
(それにしても、変わった人だな。)
聞いてたとしても聞いてなかったとしても、明らかにクラスで浮いている僕の班にスルッと入ってくれるなんて、よっぽどの変わり者か仏のような人格者なのか。しょっちゅう休んでいるから体が弱いのだろうと思ってはいたけど、なるほど背は低めだし手足は細いし日焼けもしてなくて、この人もそれなりに苦労しているのかもしれないと思った。だから、同情心で一緒の班になってくれたのかもしれない。
それから、女子との班決めのくじ引きは坂本くんがしてくれ、僕らは4人グループの女子と班を組むことになった。
女子のグループにはこの1ヶ月ですっかりクラスで1番の人気となった中嶋楓がいた。クラスの美人がいるということはつまりイケイケグループに分類されるのだろうが、彼女の性格がお淑やかなせいか、グループの他の女子たちもおしゃれだが比較的大人しいタイプの子たちのようで、恐縮しながらも少しほっとした。
そこで、ちょっとした班の交流タイムが設けられて少し雑談をすることになったが、もちろん僕はずっと黙っていた。話すのはもっぱら女子の方だったけど、坂本くんも会話に入って自然に馴染んでいるのを見て、病弱で控えめだけど自分の意見をちゃんと言える人なんだって少し関心した。
「ね、松本くんも今度の自然学舎、楽しもう。」
「う、うん。」
女子との会話がひと段落したとき、ふわっと僕を振り返ってそう言った。
僕の生まれを知っているのかいないのかわからないけれど、少なくともクラスの扱いを見てそれに準じ差別をするような人ではないらしい。透明人間になっていたい僕としては遠慮したい気もするけど、久しぶりに僕に対等に接してくれるその優しさが、僕には暖かく感じた。
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