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「たった5分?」 「そうよ、5分きっかりでここに戻されることになるわ」 ここと呼ばれている小さな部屋ですっとんきょうな声をあげたのは児嶋リュウジ。享年36歳の研究者だ。 享年ということは、つまりこの男がすでに死んでいるということを意味している。 この小さな部屋というのは死後の世界と呼ばれるようなどこかなのである。 部屋には小さな机がひとつ。その上には電話とパソコン。あとは書類をまとめたバインダーで埋め尽くされていた。部屋の壁もバインダーと難しそうな本がぎっしりつまったキャビネットで覆われている。大学教授の研究室か不動産屋がこんな感じであろうか。 机をはさんでリュウジと向かい合わせに座っているスーツ姿の職員らしき女性はレベッカ。手に持った書類にはリュウジに関するデータが書かれている。 「5分じゃ大したことはできないしなぁ」 リュウジはアゴに手を当て目をつむって考えた。 「こんなチャンス誰にでも与えられるものではないの。ムダに使って欲しくないわ」 死者に与えられるたった5分のチャンス。 これは生まれてから死ぬまでのどこかのポイントに戻って過去に干渉することが許されるというものであった。 「過去を変えられるとか、突然言われてもなあ。 あのときああすればよかった、みたいな話だよね」 「よくあるのは自分の死期を延ばすとかね。事故で死んだ人はそれを回避するとか、病気が原因の人は検査の手配をしたり」 「死期を延ばす、か。 自分の場合死ぬのは承知でそれをやり遂げたわけで、延ばすってことはちょっとなぁ」 「自殺だったって言うの? 」 レベッカは手に持った書類をもう一度読み返し、睨むような目つきでリュウジを見つめ直した。 「自殺というかなんというか・・・。 だいたいボクみたいな者がなんだってそんな特別なチャンスをもらうことができたんだい? 単にラッキーだったってことかな? 」 「とんでもない! 生前に素晴らしい功績を残した者だけに与えられるチャンスよ」 レベッカは書類を指でつつきながらあきれたような口調で続けた。 「ここに書いてあるけど、多くの悪人を殺したってのが功績ってことになってるわ」 「はあっ? 」 リュウジは全く予想していなかった評価に心底驚いていた。 「はっ、ははっ、はははははは! そりゃ面白いな! 死後の世界にもジョークがあるんだ? 」 「これがジョークなのかどうかは知らないけど」 レベッカは人差し指をリュウジの方へつき出して、ゆっくりとそしてハッキリとこう告げた。 「あなたの地獄行きは決定よ。 なんたって、人類のほとんどを死滅させたんだから」
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