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「ミエちゃん、警察呼ばないと」
と男のひとりが言ったが、ミエちゃんと呼ばれた女は背中を向けて首を振って、もう冷蔵庫から野菜の入ったタッパーを取り出していた。座りなよ、とミエちゃんに声を掛けられたので、黙ってカウンター席に座った。椅子はクッションがついていてふかふかしていた。思えば、引っ込み思案で、こういう個人経営のお店に入ったのも初めてだった。どうすればいいのだろう。マナーとか、ないのかな。自殺のために買ってきた包丁とか、どこに置くべき?
「あのさ」
カウンター越しに指を差された。その指は包丁を指さしていた。
「それ、ちょうだいよ」
「え」
「使わないんでしょ。包丁、ちょうだい」
「嫌です」
「なんで」
「これで死にたいんです」
「それでどうやって死ぬの」
「さ、刺します。首とか、胸とか」
「中華包丁で?」
「へ?」
ああ、なんて愚か。ちゃんとした大学を出たくせに、こういったところで間抜けなのだ。だから就職もうまくいかなかったのだ。私が買い求めたのは、包丁は包丁でもミエちゃんの言うように中華包丁、鉈みたいな刃を持っていたのだ。これで突き刺すことなんてできない。つまり、すっぱりと首でも手首でも切り落とす以外に使い道はないのだ。
「で、刺せないとなればどこを切るのさ」
「え、ええと」
「首?」
「首……ですかね」
「切れる? そんな度胸あるの?」
親指で喉笛を引っ掻くモーションをするミエちゃん。お見通しである。そんな度胸、ない。突き刺すなら一息で行けるが、引き切るとなればそういうわけにはいかない。切ってる途中で、絶対痛くてやめる。そんで血がどばどばどばどば出る。パニックになって救急車も呼べない。痛くて苦しくて、たぶん、全存在を呪いながら死んでいくだろう。地縛霊コース待ったなしである。
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