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「やめときなよ」
ミエちゃんはたぶんチャーシューを切り落としながら言った。
「うん、やめときます」
私はおとなしく、包丁をミエちゃんに差し出した。
「できたよ、チャーシュー麺」
カウンターを越えて、お椀が届く。コトン、と置かれたそれは黄金色に見えた。完璧って言葉、すごく似合ってる。このためにあるような言葉だ。むわりと湯気が上って、涙が出るまえぶれみたいに目の奥でごうって音がした。洪水が押し寄せるような音。涙をこらえていただきます、と言った。麺を箸で伸ばして、ふうふうと息を吐いた。ああ、と思ってしまった。もう死にたくなんてない。だって、こんなに生きるための動作をいくつもしているのだもの。気持ちは勝手に生の方向に行く。
「おいしい?」
「ふぁい」
「よかった」
そのとき初めて、ミエちゃんの顔がはっきりと見えた。美人さんだった。化粧はそこまでではないけれど、顔の形と頭の形がとてもよかった。茶色い髪を後ろでひとつに束ねているから、細い首筋がよく見えた。喋るたびに、その首筋の筋肉の束がきゅっと締まった。
「ねえ、お姉さん、名前は? 私はミエ」
「私、岡持京子、です。二十九歳です」
「あはは、思ったよりお姉さんだった。私は二十四歳」
その歳で店長をやっているのだから凄いものだ。感心しながら麺を啜る。
「店長じゃないよ」
と訂正された。
「店長見習い。おじいちゃんのお店だったんだけど、死んじゃったから仕方なく跡を継いでるの。本当は閉めたかったんだけど、あそこにいるおじさんたちとか、うるさくて、しょうがなく」
ねーっと語尾にハートマークがつきそうなほど急に愛想を声に滲ませた。男たちは「飲んだらここで食うのがあたりまえじゃねえか!」と笑ったが、ミエちゃんはもう笑ってなかった。
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