加害者家族健全育成法

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 小学生の秋穂と違い、裕樹は片道一時間弱かけて高校へと行くため、彼の朝は三人の中で幾分かせわしない。  通勤通学ラッシュで混雑する改札口を抜け、込み合ったホームへと降りる。  ある列の最後尾に見知った背中を見つけ裕樹はその肩を叩いた。 「おはよー」 「ん?おう、裕樹か。おはよう」  七三に分けられた短髪に銀フレームの眼鏡が特徴的な青年は、手に持っていた文庫本を閉じて裕樹に向き直った。 「相変わらず、しけた顔してるなぁ。ま、わからんでもないがな。あの秋人さんが犯罪なんて、突拍子もなさ過ぎて警察を鼻で笑ってしまいそうになる」 「自分の顔色がやばいっていうのは理解してる。それに、父さんがそんなことするとも思ってない。でもさ、こうして考える機会を持ってみると、俺に父さんを擁護する理由なんてほとんど思いつかないんだよ。せいぜい気弱だとか、優しいって言葉くらいでさ。何にも知らなかったし、知ろうともしてこなかったんだよな。正直、和人の方が俺の父親について詳しいかもしれない」  そんなことはないだろうと笑う友人を、裕樹は寂寥の混じった顔で眺めた。  日下部和人。裕樹の親友であり、裕樹が父親である秋人の逮捕の件を唯一伝えた相手でもある。  それは、和人に対する裕樹の信頼の表れでもあり、また、今にも倒れそうな顔をしていた裕樹に詰め寄った和人が無理やり事情を吐かせた結果でもある。  とはいえ、現在も和人が日常を遅れているのは、間違いなく日下部和人という理解者かつ相談相手がいるからだろう。 「警察の方から連絡はあったか?」 「いや、何もない。ネットで調べても追加情報なんて出てこないし、唯一の変化と言えば、近所の人と目が合ったときに苦虫をかみつぶしたような顔をされたことくらいだな」  遠くを見つめながら告げる裕樹の顔を見て、和人は顔をしかめた。  ホームにやって来た電車の騒音が、和人の気まずさを消滅させた。 「それは、よくない変化だな。まあその程度で済んでまし、なのかな。カケイ法の効果はあると」 「ああ、カケイ法が成立してから、犯罪者の過程に対する誹謗中傷はかなり減ったらしいな。その分カケイ法適用外の、子どものいない家庭に対しては口にするのもおぞましいような悪意に満ちた行いがされてるって聞くけど」 「あー、最近ニュースでよくやっているよな。カケイ法反対の理由の大部分はそこだろ?まあ全国民に有用な法律なんて作れるかって話だ。一億数千万の人がいて、それだけの価値観があるんだ。まあ、今の裕樹にとっては有効なわけだし、受け入れとけよ」 「有効、なのかな」  んぁ?と声を漏らした和人は、不思議なことをつぶやいた裕樹へ視線をやり、それから吸い込まれるような暗い瞳を目にして何も言葉が出てこなかった。裕樹によって強く握りしめられたつり革がきしむ音が、車内の音のどれよりも明瞭に和人の耳に届いた。 「父さんが捕まって、カケイ法を受け入れて、確かにそのおかげで変わらない生活を続けられていると思うんだ。けど、その弊害というか、カケイ法のおかげで嫌な余裕が自分の中に生まれている気がするんだ。父さんのことを考えなくたって生きていける、っていうさ。思考放棄に近いのかな。正面から父さんの罪と、事実と向き合うためだって思いながらカケイ法を受け入れたけどさ、それはただの逃げだったんじゃないかって、今になっては思うんだ」 「そんなことは……」 「最近、秋穂が俺のことをじっと見つめてくるんだよ。責めているような、それでいて、俺のことなんて全く焦点にあっていないような、不思議な瞳でさ。秋穂にとって、今の俺はきっと逃げているんだよ。妹にそう思われてちゃ、兄としてマズイと思うんだよ」 「あの秋穂が、お前を責める、か……」  記憶を思い起こすように宙を眺めていた和人は、それからしばらくして裕樹へと顔を向けた。 「どちらかというと、話を聞く限り秋穂は戸惑ってるんじゃないか?いきなり父親が捕まったっていう話を聞かされて、その上家族は父親と他人になるっていうカケイ法を承諾してしまった。父親が父親でなくなって、父親を切り捨てた家族に腹が立って、でも理由もなしに父親が切り捨てられるわけがない。何か大事なわけがあるんだ……って感じかな?」 「あの秋穂が、か?天真爛漫で分け隔てなく人に優しくする天使のような秋穂が、そんな悩みを?」 「うるせぇ、シスコン。いいか、秋穂はまだ小学生だ。自分が小学生の時を思い出してみろ、何も考えずに毎日遊び歩くようなお年頃だぞ?そこへ突然の父の逮捕だ。もう一杯いっぱいなんだろ」  この馬鹿が、もっとちゃんと妹を見てやれ、と肩をすくめる和人を、裕樹はキッとにらみつける。 「妹はやらんぞ」 「はぁ、この馬鹿は……」  ふっと和人から視線を外した裕樹は、自嘲めいた笑みをたたえ、電車の刻むリズムに身を寄せた。  こんな冗談を言わなければ今にもすべてを投げ出してしまいそうになる自分の心を必死に押さえつけながら。
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