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 平塚拓人とは思った通りクラスが同じだった。どうせ中学から連絡がいってるに違いない。平塚拓人はちょっと特別で、香澄は彼と最初に親しくならざるを得なかった関係上、いつまでも彼と関わらされている。迷惑だが、大人たちは自分たちが楽をしたいから香澄にその役を押し付ける。平塚拓人の『お世話役』をだ。  入学式が無事に終わり、教室に緊張しつつ入ると、平塚拓人は一番前の席でチンと座っていた。他の男子が騒いだりたむろしているのと違って、もの静かできちんとした生徒に見える。平塚拓人の周囲には人はおらず、女子たちも気になるものの声はかけられないという感じで視線を送っている。それを知ってか知らずか平塚拓人は真っ直ぐ前を向いたまま動かない。黒板に書いてある『入学おめでとう』のチョークアートに目を奪われているようにも見えるが、視線はもうちょっと上にある。黒板の上に時計があり、その横に校訓が書いてある。その墨文字を彼は眺めているようだった。 『自主自律 挨拶励行』  若い女の担任教師が来て、黒板の端に『山口奈々子』と名前を書いた。教科は国語ですと言った。そして短歌か何かを引用して入学式にふさわしいことを喋っていたが、みんなの心をとらえたのはその後のことだった。 「えっと、じゃぁ平塚君、ちょっと」  香澄は眉を寄せた。同じように平塚拓人も眉を寄せたに違いない。彼の背中から一瞬凶悪なオーラが発生したように香澄には思えた。教師の手招きに仕方なく腰を浮かせ、平塚拓人は少々ゆっくりと前に立った。山口奈々子はその肩に両手を乗せ、クラスの全員の方を見た。 「平塚君はご覧の通り、事情があって右手が不自由なの。だからみんなは平塚君が困っていたら手伝ってあげてください」  明るく話す彼女が拓人を見て何か言うように顔で促した。香澄は平塚拓人が暴れ出さないかゴクリと唾を飲んだ。平塚、今日は入学式。ここはちょっと我慢しなさいと念を送る。 「よろしくお願いします」  ペコリと平塚拓人が頭を下げ、香澄は驚いた。最悪のバージョンで大暴れ、最善でも無視だと思っていたから。 「では、明日は…」担任が明日の予定や持ち物を伝えはじめる。平塚拓人は席に戻った。チラリと香澄を見て、勝ち誇ったような顔をした。香澄はムカッとした。別に負けてないんだから。ちょっとあんたが私の予想外の行動したからって、あんたの勝ちじゃないんだからねっ。  説明やプリント配布が終わって、ようやく教室から解放されたのは一時間以上後だった。その間、香澄は用心深く平塚拓人を見張っていた。表面上はおとなしい生徒を装っているが、彼の真の姿は粗暴な不良少年である。まだ入学式だから噂もそれほど広まっていないようだが、そのうちに同じ中学出身の誰からともなく口にしはじめるに違いない。平塚拓人のとんでもない過去を。香澄も彼がよく内申点で弾かれなかったなと思う。あの素行の悪さでは内申点は最低だったに違いない。公立だから寄付金入学もないだろうし、フェアな入試が行われたと信じたいが、平塚拓人が東高に受かったのは、八月に雪が降るようなものだと香澄は思っていた。実際、彼が合格した日、同じ合格通知を見上げていた香澄は彼にそう言った。すると平塚拓人は平然として「表現がオヤジだな」と答えた。ムカつく奴なのだ。粗暴で成績は学年の一番下を這い回っていたくせに、よし、勉強しようと思い立つと、あっという間に成績がぐんぐん上がった。さすがに東高の合格安定圏内ではなく、ギリギリ際どいところだと言われていたようだが、結果的にギリギリでも何でも合格し、入学しているのだから、それなりに勉強したのだろう。だったらどうしてもっと早くからやる気出さないのよと香澄は嫉妬混じりの怒りを抱いたものだ。  教師に挨拶をして解放されると、教室は一気にざわついた。廊下で待っていた親と合流する生徒もいるし、生徒同士で話をしているグループもある。香澄もクラブを見て帰るから先に帰っておいてと母に伝えて別れた。
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