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「んーーー! んんーーーー!!!!」
背後でくぐもった声がした。足をばたつかせ床を蹴る音も。
わたしは背もたれを軋ませると、何も塗っていない唇を持ち上げた。
「おや? お目覚めですか?」
マウスをクリックし、録画していたオンラインオフ会の動画を一時停止する。
ラッキー。画面の中には、ももまりの萌え袖が映っていた。
「ねぇ、このももまり、マジでかわいいと思いません? 天使ですよ。生ける天使」
乱暴に口元を覆ったテープを剥がしてやる。ガムテープじゃない。養生テープだ。
ははっ。やっさしぃー。わたし。
丸めた緑のくずを投げ捨てると、エミコが大きく息を吸うのがわかった。
「あなた、だれ?! なんの真似ですかこれは!!!」
吐き出すと同時に、わたしを糾弾してくる。
失礼な。むしろわたしは『正しいこと』をしているのに。
胡乱げにエミコを睨みつけながら、舌打ちまじりに息を吐く。でもまぁ、エミコはあの集まりにわたしが呼ばれていたことを知らないのだから、自己紹介くらいしとくか、と思いなおす。
「わたし、ハトです。そのものズバリ平和の象徴なんで。SNSの風紀を乱すアナタに罰を与えるために、ここにいます」
「はぁぁぁあ?!! 風紀? 罰?? なんのこと? それより、これ解いてよ。アナタ、こんなことしてただで済むと思って――?!!」
「う る さ い」
わたしはエミコの両頬を思い切り掴んだ。
歯の形がよく分かる。おいおい、ガタガタだな。
右奥歯には親指が。左奥歯には中指が。めり込む。歯が生き物みたいな音をたてる。口元が自然とゆるんだ。
「いひゃ……いひゃぃ……ひゃ……て……ひゃめ……」
エミコが目尻を潤ませて、わたしに懇願してくる。ふっと興が冷めたわたしは手を離してやった。
蹲って顔を床にこすりつけているエミコを見下ろすと、わたしは声をかけた。
「どうしてこんなことになっているか、教えてあげます。かわいいももまりとは一旦サヨウナラ。はい、続きをどうぞ」
わたしはカーソルを『5分前の先』に合わせ、再生ボタンをクリックした。
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