命を救ったはずなのに

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命を救ったはずなのに

 ぼんやりと目が覚める。唇の端にはヨダレ。机の上で枕にした腕が(しび)れている。目ヤニが気になり指で目をこすった瞬間、脳天に落雷が落ちた。 「うそだ?! 寝ちまった!」  目の前のパソコンモニタに目をやる。見慣れたデザイン。瞬きしながら夢心地で祈ってはみたが、完成しているはずもない。だって、眠ってしまっていたんだから。  反射的にデジタル時計を睨み、現実を直視する。プレゼン用のデザインを提出するタイムリミットまで1分を切っている……。  広告代理店のクリエイティブ局でデザイナーとして働く俺は、社運を賭けた今回の大型コンペのデザインを任されていた。名の知れた広告代理店3社が競うコンペだけに、ここ数ヶ月、社内も常にピリピリしていた。 「終わった……」  激しく打ち続ける心臓。冷たい汗が背中を(つた)う。クソッ。あと5分あれば間に合うのに。あと5分あれば――。 「これ、一生に一回だけ効能を発揮する薬なんですよねぇ」  ある日のバーでの出来事。  広告代理店のデザイナーときたら、終電がなくなる時間まで仕事するなんて当たり前。徹夜だって珍しくない。  その日も終電を失い、タクシーに身を預ける。途中でふらりと繁華街に立ち寄り、見慣れない雑居ビルにあるバーに飛び込んでみた。 「薬? なんだか怪しいっすね」 「ちっとも怪しくなんかないですよ。古くから伝わる薬だし、身体に害もない。この世の時を5分間だけ止められる権利を持つ。ロマンを感じませんかねぇ?」  隣の席でウイスキーを傾ける中年の男は、薬を見せながら酔った俺に話し続ける。  普段だったら、そんな怪しい話に乗るわけがない。しかし、その日はストレスでも溜め込んでいたのだろう、興味をそそられている自分に気づいた。そして、男から――時間を止められるらしい――その薬を買うことに。値段は決して安くない。「何に使うかは、あなた次第ですけどねぇ」と目をギラつかせる男から、俺はその薬を受け取った。
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