湿気った花火

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「ねぇ、何があったの? 言っちゃいなよ。もう時効だし」 「何があったって、特に何もないよ」 「またそうやってはぐらかそうとする。何もなかったら謝りたいなんて言わないでしょ」  そうとも限らないだろう。僕は頭の中で考える。何もないまま終わってしまったからこそ、僕はずっと当時の思い出を引きずり続けているのだし。  何お前ら二人でこそこそしてるんだよ、と僕達に気づいた山口から冷やかしの声が飛ぶ。 「律子、英ちゃんはダメだぞ! 幸せを壊すな!」 「うるさいなぁ、そんなつもりじゃないってば!」  律子は高校卒業後間もなく一つ上の先輩と結婚し、二人の子どもに恵まれて程なく離婚をした。器量の良い彼女は昔から人気者だっただけに、バツイチと知った未婚男子の視線が熱い。  特に当時律子と噂にあった山口は積極的だ。 「二次会には明希も来れるって言うから、話してみたら? 多分、まだ気にしてるんだと思うよ」 「え? 二次会から来んの?」 「うん。仕事で遅くなるからって。あの子今看護婦さんしてるんだ。独身だとお盆でもシフト回されるって嘆いてた。じゃあ、後でね」  律子はそう言い残し、山口の方へと移動して行った。盛り上がりの熱が律子とともに移動して行くのが目に見えるようだ。  もしかすると律子は、二次会に明希が来る事を伝える為に、僕の所へ来たのだろうか。律子のお節介なのか、明希自身に頼まれたのかは知らないが。  周囲の喧騒をよそに、僕の頭は心の内へ、内へと奥深くに入り込んで行ってしまう。明希が謝りたいとは、一体どういう意味なのだろう。  あの日、明希は本当は僕と花火大会に行くつもりだったのか。そうでありながら他のクラスメートと行かなければならない急な事情があったとでもいうのだろうか。  僕達の恋は爆発する事もなく、ほんの少しの煙と閃光を瞬かせただけで消えてしまった湿気った花火のようなものだと思っていた。  でももし僕という火がもっと強い勢いを持っていたら、あの恋を燃え上がらせる事も出来たのだろうか。  律子の口ぶりによると、明希は今も独身らしい。シフトの話から察するに、律子のようなバツイチ子持ちというわけでもないようだ。あれだけのルックスを持った彼女が、三十歳を迎える今まで未婚のままだというのも不思議な感じがする。  そんな明希が未だに僕に謝りたがっているとしたら、彼女が未婚でいる理由の一つが僕にあるとでも言うのだろうか。  そんな、まさか。
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