湿気った花火

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「英治君って、三組の明希ちゃんの事好きだったの?」  隣にやってきた律子からの唐突な質問に、グラスを持つ手が止まった。  中学校を卒業してから15年ぶり、三十歳の節目に開催された同級会での一幕だった。  昔誰が誰を好きだったとか、誰と誰が怪しかったなんて童心に帰って盛り上がる話を他人事のように聞いていた僕は、まさか自分に矛先が向けられるとは思いもよらなかった。 「三組の明希ちゃんって、あのバレー部だった?」 「とぼけちゃって。それ以外にいないでしょ」  律子は僕の肩を手のひらでバシッと強く叩いた。背は小さくとも、その昔セッターとして鍛えられた手は硬く感じられる。律子もまた、明希と同じバレー部の仲間だったのだ。  僕と明希が接近したのは中学三年生の夏の、瞬きするぐらいほんの短い期間の話だ。夏休み中の出来事だった事もあり、学校のみんなには知られずに終わったものと思い込んでいたのに。 「誰から聞いたの?」 「明希に決まってるじゃない。昔と変わらないね。そのはぐらかそうとする感じ」  花火大会の後、僕の方から明希の真意を問いただすような真似はできなかったし、彼女の方から何らかの申し開きがなされる気配もなかった。  そうして二学期が始まった後は、僕らはそれぞれ同じ中学校に通う違うクラスの同級生の立場に戻った。つまり、ほぼ赤の他人という事だ。  夏期講習の期間、明希と過ごした楽しい毎日は夢か幻のように、あの日を境にぱったりと消えて無くなってしまったのだ。  それだけにどうして律子が知っているのか不思議だった。 「英治君、成人式の後の同級会来なかったでしょ? あの時、明希が言ってたの」  十年前、成人式の会場で見た明希の姿が思い出される。中学校を卒業して五年が経った彼女は、想像以上に素敵な女性に成長を遂げていた。似たような振袖姿で埋め尽くされる中においても、明らかに別格のオーラを漂わせるその姿に、僕はこんなにも分不相応な相手に対して恋心を抱いていたのかと、自嘲にも似た想いがこみ上げたのを覚えている。僕は明希に話しかける勇気すら持てず、遠くからただ見守る事しかできなかった。  成人式後に催された中学の同級会には参加する事なく帰宅した。企画の中心にいたのは県内に残ったメンバーばかりで、その多くは元々馴染みの薄い他のクラスの人間ばかりだったからというのが理由だった。 「今更遅いかもしれないけど、英治君に謝りたかったって」  謝りたかった、という明希の言葉を聞いて、ぐらりと心が揺れる。 「明希ちゃん、なんて言ってたの?」 「なんだったかなぁ……もう十年も前だから。でも、前の同級会の時はとにかくずっと英治君の事ばかり言ってたよ。英治君に会いたかった、謝りたい事があったって、そればっかり」 「そっか……」  僕はハイボールに口をつけた。動揺で手が震えそうだった。  前回の同級会への不参加を決めるにあたり、明希と顔を合わせるのが怖かった、という気持ちがなかったと言えば嘘になる。夏休みの一件について触れるのは嫌だったし、かと言ってまるで無かった事のように避けるのも難しかった。大人になった彼女と再会する楽しみよりも、気まずさの方が先に立った。  ましてや明希としても、なんとなく交わした僕との約束の話なんかを蒸し返されても迷惑でしかないだろう。いつまでも当時の事を引きずっているのなんて、僕が女々しいだけだと思っていたし。  それなのに……まさか明希の方が、謝りたいと言っていたなんて。
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