湿気った花火

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「じゃあそろそろ一次会はお開きという事で、二次会はこの近くの居酒屋わた八で行う事にします」  妙に儀式めいた三本締めをすんなり行えるぐらいには、僕達は大人になっていた。  幹事が二次会の案内をする中を、再び近づいてきた律子が耳打ちする。 「英治君、二次会来てよね。明希もさっき終わったって。今向かってるらしいから」  早く行こうぜ、と山口に呼ばれた律子はもう一度念押しして行ってしまった。 「英ちゃん、どうすんの?」  他の同級生に聞かれた僕は、スマートフォンを握り締めて逡巡する。  成人式からさらに十年が過ぎた明希の姿を見てみたいという気持ちはあった。あの夏から十五年、ちょうど倍の年月を経て初めて、あの日明希に何があったのか、明希がどんな気持ちだったのかを知る事ができるかもしれない。  僕達の恋が花咲く事なく、湿気った花火のように燻っただけで終わってしまった理由が、わかるかもしれない。  あるいは今になって、再び燃え上がるような事もあるのだろうか。  僕は自嘲気味に笑い、同級生に答えた。 「ごめん、俺ここで帰るわ。嫁さん迎えに来てくれるって言うから」 「そうか。まだ子ども生まれたばかりって言ってたもんな。また今度飲もうぜ。奥さんにもよろしく」 「うん、ありがとう。また連絡するよ」  その場に残っていた面々にだけ別れを告げ、彼らとは逆方向に歩き出す。スマートフォンの通話履歴を埋め尽くす妻の名前を選択し、耳にあてる。 『もしもし、あれ? もう終わったの?』 「うん。悪いけど迎えお願いしてもいい?」 『大丈夫だけど、早くない? 二次会とかなかったの?』 「あったけど、別にいいかなって。千春は?」 『お母さんにお風呂入れてもらって、今あがったところ。まだ起きてるよ。千春、パパもう帰って来るって』  電話の向こうで千春がキャッキャとはしゃぐ声に、なんだか本来あるべき場所に戻ったような安心感に包まれる。 「じゃあ、来た時と同じコンビニの前あたりで」 『わかった。着きそうになったら連絡するね』  妻に礼を言い、電話を切る。  途端、幾つかの通知がポップアップした。同級会用に作られたグループラインだ。帰った連中のお礼のメッセージが並ぶ中に、律子から僕にあてられたメッセージが紛れ込んでいる。  もしかして英治君帰った? 戻ってこい!  僕は苦笑しながら、画面を操作し「退会」のボタンを選択した。   今さら十五年前の出来事を蒸し返した所で、当時に戻ってやり直せるわけでもなければ何が始まるわけでもない。  僕達の恋は十五年のあの夏に、湿気ったまま燃え上がる事なく終わった。それが全てだ。  感傷に浸るのは今日で終わりにしよう。  僕は心の中で、明希に15年越しのさようならを告げた。
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