湿気った花火

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 あの夏、中学校最後の花火大会の日。  一緒に見に行こう、と一度は交わされたはずの約束は、当日の朝になって急にキャンセルになった。  「ちょっと都合が悪くなって」と理由を述べた後、気まずそうに「お母さんが風邪をひいて」と彼女は付け足した。  連絡を受けた後、魂が抜けたような状態で一人、一日中部屋にこもっていた僕は、夜になって遠くから聞こえてきた花火の音に誘われるように、家を飛び出した。  彼女と一緒に見上げるはずだった花火を、せめてこの目に焼き付けておこうと思いついたのだ。  花火大会に来れなくなった彼女も、もしかしたらどこかからこの花火を見上げているかもしれない。離れていたとしても、僕は彼女と一緒に花火を見たかった。次に会った時に、彼女も同じ気持ちだったと確認できれば、せめてこの虚しさも救われるかもしれないと。  そうして次々と夜空を彩る花々を遠くから見守っている内に、会場に行こう、と不意に思った。  僕達が一緒に歩くはずだった出店が立ち並ぶ様子を、ごった返す人並みを、真下から見上げる花火を、この目に焼き付けておこう。行けなくなった彼女に、後日花火大会の様子を伝えてやろう。  夜空に広がる光の花に向けて、僕は夢中でペダルを漕いだ。胸を震わす轟音に、急げ急げと急き立てられる気分だった。  後から思い返せば、どうしてそんな行動に出てしまったのか後悔しかない。  そうして辿り着いた会場で――僕は他のクラスメート達と一緒に歩く彼女を見つけてしまった。  あの瞬間、僕の恋は花火と一緒に夏の夜に弾けて消えたのだ。
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