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花嫁衣装に身を包んだ新婦は、椅子から男性を見上げて言った。
「今日まで、ありがとう。龍生兄さんのおかげで私、まっさらなままお嫁にいける。」
龍生(たつき)と呼ばれた背すじのスッと伸びた男性は、微笑んだ。
「龍生兄さんにずっと憧れていたから、他の男になんて目もくれないでいられた。みんなみんな、色褪せて見えちゃってたから。……彼が現れるまでは。」
「それは夏海君が弥生の運命の人だったからだろ。」
弥生と呼ばれた新婦は頬を染めてうなずいた。
そこへ、式場の人がやってきた。
「あと5分ほど経ちましたら、新郎様の控え室へ移動のご案内をいたします。」
「はい。」
式場の人が出ていくと、龍生はあらためて弥生を見た。
「きれいになったな、弥生。テニス部でゴボウみたいに日焼けして、短髪で、女の子らしさの欠片もなかったのが、うそみたいだ。」
「さらって逃げたい?」
おちゃめ顔をした弥生に龍生は笑い、
「さらってみようか。」
と言った。
「冗談よ。」
「わかってる。」
歳の離れた幼なじみの二人は、しばらく見つめあった。
言いたいことも、言えないことも、今はなかった。交わしたいのは、言葉じゃない何かだった。そしてそれは、確かに目と目で交わされた気がした。
やがて、ドアがノックされた。
「ご案内いたします。ご用意はよろしいでしょうか。」
「はい。」
新婦はうなずいた。
龍生が脇へ退いた。
新婦は立ち上がり、大好きな『龍生兄さん』から一歩一歩離れていった。
愛すべき伴侶となる人の元へと。
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