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いまだ団体戦の余韻が残っていた。
二日目の午後の男子シングルス三回戦。団体準決勝の残像を脳裏にかかえながら、拓真はコートに入った。
ラケットを置き、卓球台の脚にタオルをかけると、腰を左右にねじり体をほぐした。午前中の団体戦に出場していなかったぶん、いくらか体が重いように感じた。
対戦相手である廣田はまだ来ていなかった。向こうは今日すでに団体戦の準決勝と決勝のニ試合をこなして十分に打ち慣れている。団体戦から間が空いたとはいえ、次の試合は廣田のほうがスタートに分があると考えていいだろう。出足で遅れをとらないよう、拓真は気を引き締めた。
廣田は切れ長の目をしており、どことなく冷たい印象だった。すくなくともこの大会中に、廣田の表情がほころんだのを見ていない。準決勝と同じく一番手で出た団体の決勝さえ、余裕のストレート勝ちだった。常にポーカーフェイスを崩さず、ガッツポーズすら――いや、ちがう。唯一、廣田が感情をあらわした場面があった。
龍平との試合だ。あの試合の最終セット、マッチポイントを手にした廣田は、長いラリー制すると、ほんの一瞬だったがちいさく、空いた手でこぶしを握った。わずかな仕草を拓真は見逃さなかった。敗れたにもかかわらず、煌々と輝いていた龍平の瞳も。
廣田がやって来た。拓真の反対側のベンチにバッグをおろし、緩慢な動きでジャージを脱ぐ。ケースからラケットを出しながら、あくびを漏らした。と思うと、すぐにまたもとの無機質な顔に戻る。意外だった。拓真はいささか拍子抜けした。直前になって敵の鉄仮面が崩れはじめた。いまいちつかめないが、惑わされてはいけない。その強さに間違いはない。
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