もち!

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もち!

「何? 辞める?」  拍子抜けの声が室内に響いた。椅子にふんぞり返って座る姫花は「もち!」と親指を立てていた。 「おま、え? どういうこと?」 「あたしが辞めるから、社長は光祐。あんたがやってねってこと」 「いやいやいや、なんで辞めるんだよ」 「妊娠したから」 「は?」  耳を疑った。確かに妊娠と言ったのか確認したら「もち!」と先程同様の調子で答えられた。「憧れの専業主婦! もちろん産休ではなく永久的に休むのだ!」と。 「誰とだ?」 「いくら光祐でもそれは言えないな。プライバシー」 「知る権利はあるぞ?」 「公私混同はいけないな~。これは先が思いやられるねぇ」  それからどんなに聞いても、何を言ってもはぐらかされた。 「そもそもなんで俺なんだよ」 「なんでって、あたしとあんたで作った会社でしょうが。しっかりしてよ? 社長」と歯を見せて笑っていた。  そして訳も分からないまま俺は社長に就任し、送別会も行わずに姫花は会社を去った。  社長に任命されたから忙しさは増した。姫花とも辞めてから今日初めて連絡を取ったのだ。引継ぎは大方済ませてあったが当然わからないことだらけだ。しかし、過去の資料などを頼りに一人で解決した。  姫花と話したくなかった。妊娠したという姫花の経過を知りたくなかったんだと思う。実際は妊娠などしていない。ただの口実だった。  その時はただもやもやしていたが、電話をもらって、真実を知ってはっきりとした。  俺は姫花のことが好きなのだ。俺が結婚しても、ずっと会社で隣にいてくれる。俺たちは離れることはないんだと、そう勘違いしていた。  でも違った。姫花はもうすぐ消える。わけわかんない。でも、もう片方の手も透けてきていた。もうすぐなのだ。
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