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泣いときゃよかった……
目の前いっぱいに姫花が映る。
しかし、姫花は消え、瞬間、自分の身体が宙に浮いた。
何が起こったんだ?
地面に叩きつけられた。視界の端にトラックがあった。
「だ、大丈夫ですか!!」
知らない人に声をかけられる。
あぁ、そういうことか。
運転手だろうか。もしそうならぶん殴りたい。握り締めようにもその余力はないけど。
携帯が胸ポケットから滑り落ちた。
時間……。
震えながら手に取る。あの衝撃でよく落ちなかったものだ。画面は少し割れていた。
電源がつき、顔認証でロックが解除された。
そこには姫花との、小学生の頃の写真が映し出されていた。
口は動いた。下唇が震えているのがわかる。
あと5分あったのに……。
声にできない。上手く出せない。
「おじさん、大丈夫?」
子供だった。姫花にそっくりだ。いや、わからない。何も。もう姫花にしか見えなかった。
姫花……。
もう姿は見えない。
あと5分だけでいいのに。まだ姫花に、好きって言ってないのに……。
周りの音も聞こえなくなってきた。視界も霞んできた。
こんなことになるなら、泣いときゃよかった……。あいつに寂しいって、今までありがとうって、言えばよかった……。
指から抜けた指輪が微かに見える。離婚した秋江とのものだった。
次はさぁ……。ちゃんとお前に、好きっていうからさ、また一緒に……。
全身の力が抜け、視界が白く染まった。
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