Chapter4. 『闇夜の邂逅』

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翌日。 ヴァルに誘われるがまま、上流階級の選ばれた人間だけが参加できるという、賭博場に赴くために身支度を整える。 今回は錚々(そうそう)たる顔触れが集まりそうなので、しっかりとドレスを着込んでいく。 今日、身に包んでいるドレスも、この間彼に買ってもらったものの一つだ。 淡いピンクのドレスは襟元が薄手の白い布で作られており、肌がうっすらと透けて見える、涼しげなデザインだ。 しかし、布地の薄さとは裏腹に、襟の形は首のところまで長さがある竪襟(たてえり)で、首元には黒いリボンが結ばれている。 ドレスは通常、上半身にぴったりと沿ったデザインのものが主流なのだが、今回のドレスは全体的に身体の線が出ない。 そのため、大人っぽさを一切排除し、これまでに身に纏ったようなドレスにも増してふんだんにフリルやレースを使用し、可愛らしい少女性を前面に押し出している。 でも、レースが黒いからか、極端に幼く見えることはない。 袖もゆったりとしており、手首のところできゅっと絞ってある。 ドレスの丈は膝までで、足は白いタイツで覆われており、チョコレートブラウンの爪先が丸くなっているショートブーツを履いている。 そして、つばが少し大きめの白い帽子には太めの黒いリボンが結んであり、ピンクの薔薇のコサージュも飾られている。 軽く化粧も施してもらい、いつもよりは肌が綺麗に見えた。 そんな自分の姿を鏡に映して確認し、一つ頷く。 最初はもう少し大人びたドレスにしようかとも思ったのだが、教育係のベニタに相談したところ、若い間しかこういう格好はできないのだからと助言をもらい、最終的にはこのドレスに決まったのだ。 (……まあ、確かに二十代に突入したら、きついかな……) 似合うかどうかの問題ではなく、年齢を考えろと白い目で見られそうだ。 だが、今ならまだ、たとえ人妻になろうとも、もう少し少女の気分を味わっていたいという、可愛げとして受け取ってもらえそうだ。 (……私の場合、実際は可愛げないけど) 外見に関しては可愛いと褒められた経験が幾度かあるが、果たして性格の面で賛辞を贈られたことがあっただろうか。 ヴァルには、よく悪女だのいい性格をしているだのと、あまり聞こえのいい評価はもらえていない。 むしろ、どうしてすぐにそうやって一人で抱え込むんだとか、男に変な気を持たせるなとか、怒られてばかりいる気がする。 ヒースは偏ったものの見方をしているから信用できないし、フェイからは大分拗らせた見解しかもらっていない。 エルバートには優しいと評されたことがあるが、おそらく社交辞令の一環だろうし、ウォーレスに関しては論外だ。 (……私、性格悪いのかな) ただでさえ外見に自信がないというのに、中身までもがこの有様では、気分が落ち込んでくる。 本当に、ヴァルはこんな自分のどこが気に入ったのだろう。 やはり、彼の女の趣味は悪い。 それに、こうして振り返ってみると、何だかんだいって自分の周りには、まともな感性を持っている人が少ない気がする。 小さく唸った直後、考えていても仕方がないと頭を振り、部屋の外へと向かう。 扉を開け放てば、既に扉の脇で濃紺のスーツを身に着けているヴァルが待っていてくれた。 しかも、何故かヒースまでもがいる。 「お待たせ。……ヒース、どうしたの? いつ、帰ってきたの?」 「おはようございます、ディアナ。今日になってからですけど、一応夜の間にこちらには戻ってこられましたよ」 彼は軽くこちらに会釈し、柔らかく微笑む。 「それで、こちらに伺ったわけですが……本日は賭博場に出かける予定だと耳に挟んで、ご一緒させて頂こうかと思ったんです」 「ヒースも? ……ヴァル、ヒースも連れていけるの?」 ヴァルは鬱陶しそうにヒースのことを眺め、かなり嫌そうにしつつも首肯した。 「……連れていけないことはない」 「そうなんだ……じゃあ、お願いしてもいい? ヒースにとって、きっといい経験になると思うの」 ディアナがそう頼み込めば、彼はきつく眉間に皺を刻んだが、数拍の間を置いてから渋々と頷いた。 「……分かった。だが、俺とディアナの邪魔だけはするな」 ヴァルは了承の言葉を口にすると、即座にヒースに釘を刺した。 しかし、露骨に邪険にされているにも関わらず、ヒースは涼しい顔をしている。 「いいですよ。こっちはこっちで楽しんでいますから、そちらもどうぞ、ごゆっくり」 あまりにも聞き分けのいいヒースに、ヴァルは驚きに目を見開いたが、虚を突かれたのはこちらも同じだ。 (……ヒース、本当に心の整理がついたんだね……) こうしてヒースの態度を見る限り、彼は本気でディアナに恋をしていたわけではなかったのかもしれない。 ただ、執着していただけなのかもしれない。 自分はヒース本人ではないため、絶対にそうだとは言い切れないが、どちらにせよ気持ちに区切りがついたのなら、よかった。 誰よりも、彼自身が楽になれただろう。 ヴァルは一瞬面食らっていたが、すぐにいつもの仏頂面に戻っていた。 「……それなら、好きにしろ。それじゃあ、馬車は一台しか用意を頼んでいないから、お前は後続の馬車に乗れ」 「はい。言われずとも、そうしますよ」 もし、ヴァルとディアナが国王夫妻でなければ、同乗しても問題なかったのだが、こればかりは立場を考慮すると許可できない。 連れていくと言っても、あくまで従者として付き従わせる形でしか同行させられないのだ。 でも、その辺りはヒースも心得ていたらしく、あっさりと頷いた。 だから、そのまま先に出発しようとしたのだが、彼が急いでこちらに耳打ちをしてきた。 調査の結果を簡潔に伝えられ、こくりと頷く。 「……お疲れ様。お礼の代わりに、今日は思う存分楽しんで」 「はい、ありがとうございます」 そこで、その場で一旦ヒースとは別れることになり、ヴァルと共に支度が整った馬車の元へと向かった。
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