ザ・ジャロルズ

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 こうしてフロントに立つのは、何ヵ月ぶりだろう――。  浮き立つ気持ちを鎮めるべく、レジナルドは周囲に気づかれないように深呼吸する。  フロントマネージャーの任に就いて以来、ここに立つ時間はめっきり減ってしまった。高貴な賓客の対応や、昔から可愛がってくれているお得意様への挨拶に出る以外、こうして誰かの代役でも回ってこない限り、ホテルマンの仕事の要である接客からは遠ざかっている。時々対応に困る客もいるけれども、人と接するフロントクラークという仕事は肌に合っており、昇進したことでその任から外れたことをレジナルドは残念に思っていた。数ヵ月ぶりに与えられたその機会に、つい気持ちが弾んでしまうのも無理のないことだ。  夏の社交シーズンは終わりを告げ、賑わいの去ったこの季節は、祭りの後のように寂しく感じられる。  予約台帳を開き、今日到着する宿泊客を確認するが、夏の戦場のような繁忙期を過ぎた今は地味なものだ。それでも気を抜いて仕事をしていいということにはならない。久しぶりに原点に戻ったような気持ちになり、逆に身が引き締まる。  遅番の前任者と引継ぎを行い、慰労の言葉を掛けて彼を見送ったのが三十分ほど前。  玄関はさきほど守衛が開錠したが、外はまだ薄暗く、食堂が開くまでに一時間ほどある。この時間にフロントを訪れる客はまずいないので、念を入れて玄関ホールの清掃をチェックしようと思い立ったところで、パーク・レーン越しにハイド・パークに面した玄関の重い樫の扉が開いた。  嵐のような客がやって来た。
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