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主人の日常的な面倒を見る従僕は、いわば主人の影とも言うべき存在で、英国貴族の城館が執事なしでは存在し得ないのと同様に、英国紳士の生活は従僕なしでは立ち行かない。ジェイムズも面倒な雑事を好んでしているわけではなく、常々従僕の必要性を感じ適当な人材を探していた。しかし何度従僕を雇っても、高給を払っているにもかかわらず、何故か長く居付くことなく辞めてしまう。
長い船旅、異国での生活が肌に合わないのだろう。ジェイムズは彼らの辞職理由をそう考えていたが、主人の突拍子もない行動様式と、それを実行に移す不穏なまでの行動力についていけないというのがその真相であることを、幸いにして本人だけが知らない。
そんな訳で、没落貴族でもないのに自ら珈琲を用意できる稀有な紳士、ジェイムズ卿は、朝の台所で空っぽの珈琲瓶を発見し、大変に立腹した。
居を構えるブルック・ストリートの高級フラットは、掃除婦と料理人を入れて維持している。台所にある物の補充は料理人の仕事だが、うっかり者の彼女は珈琲豆が切れたことに気づかなかったのだろう。
「神をも恐れぬ過失だな。この私の珈琲瓶を空にし、この私に台所まで無駄足を踏ませるなど!」
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