ザ・ジャロルズ

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 憤然と寝室に取って返し、通常の三倍の速さで身支度を整える。速いからといって紳士の身嗜みに手抜かりはないが、今なお夜の暗さに浸る早朝に、端から見れば無駄な速さであることは否めない。しかし一刻も早く果たさねばならない重要な目的を持つジェイムズには必要なことだった。  そう、一杯の珈琲を飲むために!  エレベーターで地階に下り、ジェイムズは朝とは名ばかりの闇の中を決然と歩き出した。  フラットのあるメイフェア地区には、名の知れた高級ホテルが軒を連ねている。そしてホテルのフロントには、この時間でも確実に人がいる。最寄りのザ・ジャロルズに出向き、叩き起こしてでも珈琲一杯を所望するつもりだった。  そうして守衛を押し退けるように飛び込んだ扉の中、フロントカウンターの奥に、ジェイムズは意外な顔を見出す。  涼やかな容貌に、ひとつまみの困惑と郷愁をのせて自分の名を呟く男。  ーー何といったか、彼の名は。 「哀しみの聖母」  それはパブリックスクール時代に、周囲が彼を崇めて呼んだ名だ。 「監督生(プリフェクト)」  確かに彼は常に首席で監督生も務め、他寮の伝統的に高圧的な監督生とは異なり、慈悲をもって寮生をまとめ、絶大な支持を得ていた稀有な監督生だったが、それは彼のかつての肩書きであって名前ではない。 「レジナルドだよ、ジェイムズ。レジナルド・マーシャル。五年も同じ寮で過ごした同窓生の名前を忘れるなんて、ひどいんじゃないか?」  困ったように微笑を浮かべるその様は、まさしく『哀しみの聖母』のそれだった。
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