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死神
はるか昔、神様たちは、人間を作られるときに、人間を動かす核となる部品として、魂と呼ばれるエネルギー体を発明し、天国では様々なモデルの魂が開発されることになりました。
初期モデルの魂は、いわゆる使い捨てで、使いきるとイコール人間の寿命となり、天国に運ばれて来るのが主流でしたが、使い捨ての魂はそのあと使い道がなく、大量の魂のゴミの処分が大きな環境問題となったため、やがて魂はリサイクル出来るモデルが主流となり、開発が進んでいきました。
リサイクルされる魂は、人間の感覚で言えば充電池のようなもので、エネルギーが切れたら一旦天国で回収し、また天国でエネルギーを充電し、新しい器となる生命へと入れ換える作業が天使たちにより行われていました。
ただ、このリサイクル可能な魂は、例えば事故や災害など、突発的な出来事が原因で、人間が死を受け入れていない状態で命を落とした場合は、まだエネルギーが残ってる状態で天国へ運ばれてくることになっていました。
そうなると、新しい器へ入れ換えるために、まずは魂の放電作業が必要となり、その放電作業に余計な手間と人手がかかるため、労働時間か増え、魂の入れ換え作業を行う天使たちからは、不平不満が募るようになっていました。
この現状を見かねた経営者らの声を受け、官僚たちは神様に提言しました。
「人間の世界では、働き方改革が進んでいるというのに、天国はいつまでたっても変わらないどころか、魂の放電作業により仕事量は増える一方です。天使たちの不満が募り、このままでは神様の支持率に関わります。何か手を打つべきです。」
「ふむ。天使どもめ、大人しく働いていればいいものを。そもそも人間が働き方改革なんか言い出さなければ‥まあ、支持率は重要だな。よし!大臣たちを召集せよ!」
神様は急いで天国の大臣たちを集め、緊急会議を開きました。
「まったく、私が天使の頃は、この程度の仕事でもせっせと働いたもんだが。いや、そんなことを言っていてはいかんな。ともかくこの事態を解決する良い方法を考えよ。」
しかし、天国も人手不足です。
勤務時間を短くするのも、人手を増やすのもままなりません。
これといった意見もでないまま、会議は膠着状態が続いていました。
そんなとき。
「働き方変えるのではなく、魂の運ばれ方を考える必要があるのではないでしょうか。」
オブザーバーとして呼んだ、とある有識者天使が発言すると、大臣たちは自分達が気付かなかったことが悔しくて、何とか否定しようとしましたが、神様はその意見を気に入りました。
「なるほど。で、具体的な策はあるのか?」
ところが、その天使もそれ以上の案があるわけではありませんでした。
発想を転換させたまでは良かったものの、結局具体的な策は出ず、会議は行き詰まりました。
大臣たちは内心でホッと胸を撫で下ろしました。
その後も、なかなかよい案が出ないまま、会議は何日も続きました。
そんなある日、神様のパソコン宛に1通のメールが届きました。
メールの差出人は昔馴染みの天使でした。
同じ天国に住んでいるものの、神様はこの天使の存在をあまり快く思ってはいませんでした。
二人は、かつては魂の回収作業を一緒に管理していた同僚でした。
魂をどんどん作ってばら蒔き、回収すればいいと考えていたその天使に対し、神様は、ゴミ問題を取り上げ、それでは余りに効率が悪いと、魂のリサイクルを提案し、意見が対立していました。
最終的には議会での多数決で、神様の案が採用され、その天使はエネルギーの切れた魂を天国の入り口で迎え入れるという仕事に就かされ、事実上左遷されたのでした。
「やあやあ神様。噂で聞いたが、働き方改革会議は、なかなか難航してるようだね。私を呼びたくないのは分かるが、ここはひとつ、私の提案する案を検討してみてはどうだろう?企画書を添付するから、まあ読んでくれたまえよ。」
神様は半信半疑ではありましたが、これ以上待ってもよい打開策が出そうにもないので、とりあえずその天使の企画書を読んでみることにしました。
「企画書」
1.課題と目的
突発的な事故や災害で、死を受け入れないまま天国へ送ら れてくる魂に対しての、残ったエネルギーを放電する作業 量が膨大なため、どんな死に方をした魂でも、出来るだけ エネルギーの切れた状態で魂を回収したい
2.概要
事故や災害は完全に防ぐことが難しいので、事故や災害に 遭遇したさいに、人間が死を受け入れるための時間を設け ることとする
3.企画案
人間の命が終わる5分前に告知する
この5分間で人間が死を受け入れるように、死を迎えるこ と、残された時間でなすべきことを優しく丁寧に伝え、エ ネルギーを使いきるよう誘導する
「5分前に告知ねえ‥本当にうまく行くのかな?」
企画書を読んだ神様は、藁をもすがる思いでその天使に電話をかけました。
「いや、珍しい。神様から電話とは。何年ぶりだろうか。」
「13年ぶり‥かな?いや、そんなことより、例の企画書を読んだのだが。」
「お、読んでいただけましたか。なんでも困ってると聞きましなのでな。どうやら支持率も下がっておるようですし。(イヒヒ)」
「いやはや、困ったもので。ついては是非お力を貸してもらえないだろうか。」
「神様が、この私の力を借りるとは面白い。」
「このプロジェクトのリーダーとして官僚に返り咲く、成功すれば私の支持率も上がる。Win-Winな関係と行きませんか?」
「確かに、私もそろそろ窓際の仕事にも飽きてきたところです。」
「そうでしょう、そうでしょう。では‥」
「分かりました。協力いたしましょう。」
左遷された天使が13年ぶりに政界に戻る、というニュースは、瞬く間に天国中に広まり、それだけで神様の支持率は少し回復しました。
ただ、死の5分前に告知するという仕組みは、これまでの天国の常識を覆すものであり、閣僚内では不安視する声も多く聞かれました。
それでも、最終的にはやってみなければ分からない、と神様は実行を決めました。
「もし失敗だったらあいつに責任取ってやめてもらえばいいや。(ゲヘヘ)」
かくして人間は、死ぬ5分前に告知されることになりました。
死ぬ前なので、出来るだけ耳障りが良い方がいいだろうと、天国のオーディションで選ばれた、天使の中でも優しい声の持ち主が、世界の各地域に割り当てられ、亡くなる5分前に、人間の頭の中に話しかけることになりました。
天使たちは、あと5分で魂が切れる人の頭の中に、直接話しかけます。
話しかける内容は、死ぬ場面によって何パターンかマニュアル化され、細かいやり取りは個々の天使に委ねられることになりました。
例えばこんな調子で。
「突然失礼します、私は天使です。あなたに大事な話があって、直接頭の中に話しかけています。」
「そんなことより助けてもらえないでしょうか。私は恐らく海で溺れて、どんどん沖に流されている気がするのですが。」
「あー、その事でお話が。時間がないので単刀直入に申しますと、あなたはこのまま溺れてあと数分で死にます。」
「何ですって。」
「そこで私からおすすめです。信じるか信じないかはあなた次第ですが、死ぬときに未練を残して死んでいくと、魂がずっと海に漂い、あなたは生まれ変わることができなくなります。なので、苦しんで死ぬのはおすすめしません。限られた時間内で、出来る限りの人に感謝をし、今日までの日々を振り返り、よい人生だったと思いなさい。そうすれば、あなたは天国に行けます。」
「なんだか分かりませんか、本当に死ぬなら天国に行きたいですね。分かりました。後悔もありますが、親兄弟、恋人に感謝したいと思います。」
天使の説得は、人間の間で信じられている、幽霊や成仏、生まれ変わりなど、本当は有りもしないことを活用しながら、半分口から出任せだったが、ほとんどの人がすんなりと受け入れてくれた。
老衰や病気で亡くなる人間の頭の中に話しかけると、特に老人は、すでに死を受け入れており、ただ天使と会話しながら最後の5分を過ごすことが多く、看取った家族からは最期の最期に楽しく誰かと会話する夢を見たようで安心した、などの声が聞かれることとなった。
また、余談として、当初話しかける天使に選ばれたのは、渋い落ち着いた声の中年天使が多かったのですが、頑固な老人や、若くして亡くなる若い女性と、うまくコミュニケーションが取れないことがあったため、男女それぞれ異性で、およそ同年代の天使が話しかけることに変わっていきました。
色々と紆余曲折もあったものの、5分前告知は大きな効果をあげることになりました。
天国へ運ばれてくる魂は、エネルギーの切れたものが増え、天使たちの仕事量はみるみる減っていきました。
この5分という時間は絶妙で、天使の話を信じるかどうかは別として、限られた時間内で最良の選択をしたいと思う、人間の心理を見事に突いてたのでした。
この時間がもう少し長いと、何とか回避しようと、あらぬ行動を起こしかねないところ、5分しかないことが、かえって遺書を書く、大切な人に連絡する、最期の写真を撮るなど、前向きに大切に使う人間がほとんどでした。
また、人間の死の価値観とも相容れるところが多く、元々死んだら天国へ召されるとか、走馬灯が見えるなど、様々な死に関する教義などがあったためか、これが死ぬということかと、意外とすんなりこの告知を受け入れることが出来ていたようでした。
もちろん現場の天使たちが、人間が残り5分で死を受け入れるように、穏やかに理論立てて話をするよう心掛けていたことも影響していました。
特に、事故や災害などに巻き込まれた場合は、半ば覚悟もありすんなり受け入れることが多いのに対して、本当に突発的な場合は、天使の力量が試されるのでした。
「突然失礼します、天使です。」
「は?!頭のなかで声がする?!」
「取り乱すのはわかります。わかりますが、時間がありませんので、よく聞いてくださいね。あなたはあと5分後に死にます。」
「は?」
「いや、信じられないのも分かりますが、本当なんです。」
「いや、私はただ昼寝しただけですが、なぜ死ぬことになるのでしょう。」
「この40℃近い真夏に昼寝したあなたは、寒いと感じてエアコンを切ってしまいました。そして熱中症です。」
「そういえば切ったような‥この古いアパートのエアコンのせいだ。冷房の効き具合が極端なんです。」
「それはお気の毒に。時間がないので単刀直入に申しますが、このままではあなたの魂は、死んでからもこのアパートを漂い、このアパートを呪い続け、天国に行くことができなくなります。」
「将来芸能人になって女優と結婚して楽しく暮らす夢が‥」
「ちゃんと天国に行ば、生まれ変わってその夢が叶うかもしれません。ここで魂のまま漂っていては、それも出来ません。」
「分かりました。で、私はどうすれば‥」
「出来る限りの近しい人に感謝の気持ちを残し、生まれてきて今日までの日々に感謝してください。あ、スマホにメッセージを残すのがおすすめです。あと1分しかないので。」
このように天使たちは場数を踏んで、色んなパターンに対応出来るようになってきました。
その結果、魂の回収作業ははるかに効率的になり、残業はなくなり、天国では理想的な職業として、子供たちのなりたい職業の1位となる人気職業となりました。
さらに、功労者として例の告知を提案した天使が人気者となり、次の神様になってほしい人として名前が挙がるようになっていきました。
神様は内心面白くありませんでしたが、自分の支持率も安定していたため、目をつぶるしかないと協力体制を続けることにしていました。
そんな状況が何年か続いたある時、人間界で様々な臨床検査により、人間は死ぬ5分前にどうやらその事がわかるらしいとの研究結果が発表されました。
老人が死ぬ間際に誰かと話すことが頻繁にあり、事故や突発的な出来事で死んだにも関わらず、遺書やメッセージを残す人間が余りに多いことを、科学者たちが不思議に思い始めたのでした。
決定的となったのは、とある国で大規模な工場爆発が起こり、周辺住民を含め、数百人が亡くなったが、そのほぼ全員が爆発が起こる数分前に、親しい人たちへメッセージを残していたことでした。
そこで、亡くなる直前の人間の脳波を調べたところ、明らかに何らかの情報が脳に送られていることがわかりました。
その内容が何なのまでは分かりませんでしたが、この研究結果が発表されたことより、人間の生き方は大きな価値の変換を迎えることとなりました。
人間の生活は、普段からいつ5分前の知らせが来てもいいように、生まれた瞬間から終活することがスタンダードとなりました。
将来を見据えた貯蓄よりも、いつその時が来てもいいように、好きなように財産を使いながら、生きたいように生きる、という生き方が主流となり、5分前に知らせが来たときに、いかに短時間で見支度を整えるか、どのような文章を残すことが望ましいか、などの身辺整理についての関連書籍が飛ぶように売れました。
家は出来るだけコンパクトに、結婚は早く、若いうちに出来るだけお金を稼ぐ、といった前倒し人生を送る人が増え、学校に行かない人も増えました。
そのうち、5分後の知らせがいつ来るかある程度分かる、という人物や、科学的に証明できるという企業、果ては知らせが来ることがさらに少し前に分かる、というアプリまで登場しました。
家庭用の棺桶や、死に化粧セットが当たり前に家にあるようになり、大切な人と出来るだけ長く一緒に時間を過ごす、という生き方を選ぶ人も増えました。
一方、天国での魂の回収作業は、順調に行われていましたが、支持率をさらに高めたい神様は、自分の株をあげようと、回収作業に一部IT化を導入することにしました。
しかし、そこで大きな問題が起こりました。
5分前に告知する魂のリストは、これまで天使たちが書類を作成し、確認されたものを神様が決裁していましたが、リストの作成を自動化にした結果、本来5分後に死ぬ予定がない人間が、誤ってリストに載ったことに誰も気付かないまま、神様が決裁し、天使が5分前のお知らせしてしまったのでした。
その人間の一人は、とある国の平凡な50代のサラリーマンの男性で、お知らせを聞いて、とうとう来たかと、すぐさま家族に電話し、泣きながらお別れを言うと、会社の同僚たちに見送られながら、会社に用意された棺桶に横になりました。
「全く死ぬ気配はないが、死因は何だろう?心筋梗塞何なんかだろうか?苦しくなければいいが。」
男はそのまま眠り、気付けば朝になっていた。
男は奇跡の男としてマスコミに取り上げられ、この事により5分後の知らせは回避することが出来る、と信じられるようになりました。
そして、また新たな価値の転換が起こりました。
巷には、5分後の死を回避する方法が都市伝説のように蔓延し始めたのでした。
5分後の死を免れた男は、一躍時の人となり、連日マスコミに登場しました。
実際には天国のミスでしかないのですが、男の生活に何か秘密があるのでないかと生活に密着され、研究されることとなりました。
男の生き方をモデルにした生活スタイルが、新たなスタンダードとなり、同じような生活を効率よく取り入れるためのサービスまで出始めました。
ただのサラリーマンだった男は、やがて自叙伝を発売し、瞬く間にベストセラーとなり、その後会社をやめて、新興宗教の教祖となりました。
このように、同じく他の国でもに生き延びた人間が何人か発見され、各国で様々な騒ぎとなっていました。
天国では、その事件以来、IT化は時期尚早であったとの世論に押され、リストの作成は、アナログな管理へと戻されました。
神様は責任を追求されましたが、のらりくらりとかわして何とか神様の地位を保っていました。
人間界では、世界的に生き延びた原因を探る研究が進められましたが、これといった研究結果は得られませんでした。
そうこうしているうちに、とある国が、5分後の知らせは国家レベルで製造した科学兵器なのではないか、と言い始めました。
そうなると、各国はどの国が敵対国なのか分からず、お互いを疑い始めました。
やがて疑心暗鬼になった諸外国同士は、交流を持たなくなり、各国は鎖国状態となり、通信ネットワーク上でのサイバー攻撃を互いに繰り返し、少しでも自国を守ることに躍起になり始めました。
その結果、人間は天使の声を信用できなくなり、とうとう告知にも耳を貸さなくなってしまいました。
そして、再びエネルギーの残った魂が天国に運ばれてくるようになり、天使たちの職場環境は以前のように劣悪になり、何とか地位を保っていた神様も、とうとうその責任を取って辞任することとなりました。
新しい神様には、例の5分前告知を提案した天使が選ばれました。
世論としては、5分前の告知は優れた政策であったにも関わらず、前の神様が無能だった、という見方がされており、議会の満場一致で新しい神様に任命されたのでした。
新しい神様は所信表明で次のように宣言しました。
「天国の環境問題や人手不足に対応するためには、魂のリサイクルは非効率であると私は考えています。今回のような問題が起こらないためにも、魂は期限を定めず、使いきりが良いと思います。かといって、かつてのように魂を天国で回収していたのでは、またゴミ問題が起こるかもしれません。ですので、魂を素材から見直し、バイオ燃料を活用し、人間が肉体を埋葬したり、焼却したりする際に、人間界の自然に還るシステムとします。天国では、新たに魂を作成し、器にセットするだけでよくなるのです。」
この政策は称賛を持って迎え入れられた。前の神様が出来なかった改革を簡単にやってのけたのである。
「‥これで終わりではありません。」
神様はニヤリと笑いました。
「さらに、確実な雇用を確保するために、人間界の災害や戦争などの死者の数を見ながら、天国でその都度、魂の期限を決めるシステムを構築します。つまり、我々が人間の死ぬ時期をコントロールするのです。天使の皆さん、私は天国の働き方改革を第一に進めてまいります!」
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