秘密の遊び

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秘密の遊び

金曜の夜が来た。城山淳(しろやまじゅん)は、会社から早目に帰宅して、密やかな変身の準備をしていた。 シャワーを浴び、男臭を落とす。高級ブランドのボディーローションを塗り、芳しい香りを纏い、上質な肌触りの下着を付け、滑らかなストッキングを履く。 「今晩は、何を着ようかな~。」 秘密のクローゼットには、女性用の衣類が、大切に掛けられていた。 一時は、辞めていた、この秘密の遊びも、また、最近、楽しみだした。週末の金曜日だけ。 セレブ御用達のブランドのワンピースを身に付けたじゅんは、軽快に、夜の街へ飛び出した。 すれ違う男達の視線が、じゅんを追い、彼は、それをもて遊ぶように楽しんでいた。 じゅんは、幼い頃から、「なんで、自分は女の子じゃないの」かと、思い生きてきた。初恋相手も異性だったし、女の子の方が話もあった。 両親も、そんな、息子の願いを薄々、勘づいていたが、叶えてあげる方法が見つからず、ただ、否定することもなく「神様が間違えて男の子にしちゃったんだよ。仕方ないんだよ。」と優しく諭すしかなかった。 物心つくと、ネットの世界にどっぷり浸かった。何故なら、仮想世界では、自分は女の子のキャラクターで、生きることが可能だったからだ。 現在は、北海道の都市部で、「BOX」という社名のIT会社を大学時代からの友人須田良太と共同経営していた。 二人は、大学の頃、ゲーム同好会に属していて、その時から、ネット配信などをして、フリーゲームを提供していた、いわば同士だった。 じゅんも、須田も、北海道に縁もゆかりもないのだが、地方で会社を立ち上げることは、コスト面でかなりのメリットがあったため、ここに決めたのだった。 東京の顧客とのやり取りは、オンラインが可能であるし、必要であれば、飛行機で二時間以内で行くことができるので、問題はなかった。何より食べ物も美味しく、街も整備され美しく、ここで起業することは、二人にとって、全ての条件が揃っていたのだ。 お互いの両親から、出世払いと称して、資金を援助してもらい(当時のじゅんのパトロンからも少し)、じゅんと須田は起業のため、東京から出てきたのであった。 じゅんは、ワンピースを翻し、市街地を颯爽と通り抜けると、雑居ビルの三階にある、七色の看板が目印のBarレインボーに来ていた。 この店は、ニューハーフのママのお悩み相談目当てに来る客も多く、常連客に愛されている店だった。 「あら、美女がお目見えよ!」 「今晩は。」 じゅんが、指定席のごとくカウンター前に座った。 「じゅんの女装、久しぶりね!復活したのね!」 「そう。なんか、仕事でストレス溜まる毎日だからね。発散!」 じゅんは、耳にかかるくらいの艶やかな黒髪をかきあげた。うつむいた時の睫毛は長く、すらりとした小鹿のような可憐な顔は、ハリウッドの往年のあの大女優に似ていた。可憐で、神秘的で、美しい。まさに、それが、じゅんの容姿だった。 「まぁ、あんた、そんな、女の真似なんかしなくても、十分、女っぽいわよ!うらやましい!あたしなんて、どんだけ、化けてるか!」 ママが、じゅんの好んで飲む、スパークリングワインを出した。 「で、最近はどうなの?あっちの方は?」 とママは立てた小指をじゅんの前でチラチラさせた。 「全く、何にもない。」 じゅんは、去年、初めて、真剣に付き合える彼氏ができた。北海道K大学の医学生で、誰もが羨む美青年だった。半年付き合ったが、向こうに忘れられない相手がいて、泣く泣く別れたのだった。 彼と付き合ってる最中は、とことん尽くしたし、沢山、甘え、束縛もした。自分だけのものにしたくて、恋愛に狂って、破滅した。 いつもは、冷静な自分が恋をすると、なりふり構わなくなるということを知れただけでも、収穫はあったと思うしかなかった。 今まで、奥さんがいる相手や一夜限りの行きずり相手としか、関係を結んでこなかった。 どうせ、未来がない男同士の恋愛なら、割り切って、身体の関係で付き合う方が合理的と考えていたからだった。 そんな、考えのじゅんが、あんな風に恋に狂うとは、Barレインボーで、二人を引き合わせたママもびっくりであろう。。。 「あれは、ほら、あんたと会社経営してる須田!あれ、可愛いじゃない?なんか、母性本能くすぐるタイプよ。あの子!ラガーマンみたいな隠しきれない肉体美!本人は全く気にしない無頓着さ!また、あの、もっさりした感じがたまんない!で、頭もいいって、完璧じゃないの!」 ママの須田に対する熱意が凄く、じゅんは、呆然と聞くしかなかった。 「僕、学生の時、良太にゲイだと言うことも伝えて、一緒に起業するつもりだったし、良太は対象外って、その気ないこと伝えてますから。社内恋愛とか、めんどくさいし。」 カランカラン 「あら!噂をすれば、なんとか!」 じゅんは、ママが嬉しそうに見つめる先を見ると、グレーのロンティーにジーンズの出で立ちの須田が店に慌てた様子で入ってきた。「まっ、まずい!!!!」女装姿のじゅんは、この緊急事態をどう、打破するか、頭で策を巡らせたが、とりあえず、身体をくるりと後ろ向きにして、顔を隠した。 「あの!ここに、じゅん、来てませんでした?!ずっと、電話かけてるんですけど、でなくて。ちょっと、深夜12時アップのコンテンツがバクってしまって。。。あ~!やばい!」 Barの時計は10時を指していた。トラブルの原因を探して、確認テストして、本アップは、二時間でも足りないくらいだ。 「他の社員はどうしたのよ?後、五人若い子達いるじゃない。」 ママも、女装のじゅんを隠すために、話を違う方向へ向けた。 「最終確認は、俺一人でもできるし、あいつら、ずっと徹夜が続いてたんで、もう、帰してやったんです。みんな、市街地から離れた所に住んでるんで、今からは、間に合わない。。。その点、じゅんは、この辺りに住んでるんで。」 じゅんの住まいは、繁華街の裏通りに建つ、20階建てのワンルームマンションで、仕事場にも徒歩で行ける距離だった。 「あ~、どうしょう。これで、1千万パーだ。。。それ、プラス、賠償金かな。。。」 須田の話をずっと、そわそわしながらじゅんは聞いていた。自分の秘密の趣味が、会社の多大な損失を引き起こしてしまうかもしれない。 須田に女装を見られ軽蔑されるのと、今、ここで、カミングアウトして、会社に向かうことをじゅんは、天秤にかけていた。「うわぁ~、究極の選択すぎる!!!」 ママも、じゅんが、判断しなければいけない状況にきていることを悟り、じゅんの後ろ姿をチラチラ見ては、ため息をつき、ヤキモキしていた。 須田が、腰に手をあてながら、もう一度、じゅんの携帯電話にかけた。 ブルブルブルブル バイブ音が須田の近くで鳴る。。。鳴り続ける。。。 ブルブルブルブル 「?」 「あ~!!もう、いい!笑えばいい!軽蔑しろ!」 Barレインボー内にじゅんの声が響き渡ると、彼は椅子から立ち上がり、須田の方を向いた。 すらりとしたスタイルの、小花柄のワンピースの黒髪の美女が、須田を見据えた。 須田は、いきなりの、美女の言動に頭が追い付かず、思考は止まっていた。 しかし、思考停止の原因は、それだけではなかった。目の前の美女の黒目がちな瞳、長い睫毛、陶器のような白い肌、ピンクの形の良い唇、スラリと形の良い鼻。抜群のスタイル。どこおどう取っても、須田のドタイプだった。。。 「おら、行くよ!」 美女は、須田の手首を掴んで、入り口に向かった。 「え?なっ、なに?俺、今、それどころじゃないんですけど。。。あの。。。」 状況をつかめない須田はパニックっていた。 「僕だよ。じゅんだよ!お前、バカかっ!」 須田の視線がじゅんを凝視し、目を見開いた。 「まじか~ぁぁぁぁ!!!」 カランカラン 二人が去り、残されたママが、したり顔で、 「前から、思ってたけど、やっぱり、二人よね~。すごい、しっくりくるんだけどぉぉ」 と呟いたのだった。
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