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BOX
昨晩、どのように家に着いたか、須田には記憶がなかった。身体より、心が冷えきり、二人は、あの場を別々に立ち去った。
正確に言うならば、じゅんが、須田を一人残して去って行った。。。
須田は、追いかけようにも、じゅんの
言葉にショックを受けるあまり、それが、出来ず、ただ、じゅんの後ろ姿を、見送ることしか出来なかった。殴られた傷痕もまだ、疼いた。
もう一度、話がしたく、何度か電話をかけてはみたが、全く、出てもらえなかった。
「大卒ですぐに起業する道選んで、お兄ちゃんを誘ったことに負い目があったようだったよ。」
妹から、聞いた、じゅんの隠されていた気持ち。
「良太は、対象外。」
じゅんから、自分はゲイだと告白された時の言葉。
「良太、愛してる。」
交わり合う度に、狂おしいくらいの声で、何度も何度も、向けられた、自分への愛。
全てを一つに繋げると、じゅんの気持ちが浮き上がってくるようだった。結局、じゅんは、自身の存在が、須田の人生を狂わすことになると、葛藤し、立ち止まったままだった。「じゅんは、どうやったら、そこから、解放されるんだろう。。。」
トゥルトゥルトゥルトゥルトゥルトゥルトゥル
「良太か?!さっさと電話出ろよ!俺だよ、西條だ!」
須田は、帰って来てからと言うもの、あの吹雪の中でのことを考え続け、他のことに関しては、反応が鈍くなっていた。
「あっ、西條さんだったんですか。」
「お前、俺のこと、電話帳に登録してないの?!」
「すみません。。。」
「まぁ、いいや。じゅんにも伝えたんだが、明日、俺の会社に来い。新年度の体制を、仕事始め前に、本格的に詰めていきたいから。前に、じゅんには話したんだか、BOXをうちの会社の傘下に入れる話をしたいと思う。」
「何時ですか?」
「3時に来い。遅れんなよ。」
プッ
須田の気持ちはすでに、固まっていた。「それを、明日、伝えるだけ。」
西條との約束の日になり、まだ、休み中ではあったが、須田は、西條の会社を訪問すると言うことで、スーツ姿で出掛けて行った。
市街地でも一際、立派なビルである、西條経営のシステム機器製造メーカー本社に着いた。まだ、営業日ではないので、受付には誰も居なかったが、須田達が来社予定のため、西條が、ビル内に入れるように、手配してくれていた。
社長室に着くと、すでに西條とじゅんが向かい合わせに座っていた。じゅんは、須田が隣に座っても、顔は真っ直ぐに正面を向いたままだった。
「二人、揃ったところで、話を始めようか。お前達の会社BOXを、俺の会社の傘下に入れることだが、まずは、じゅんの意見から聞くとしようか。じゅん。」
須田は、じゅんの意見がどういったものか、気になった。「BOX」はゼロから、二人で、造りあげた会社だった。
見知らぬ土地で、テナントビルを探す所から始まり、何度も、東京から北海道に出向いた。宿泊費を浮かせるために、漫画喫茶、カラオケボックスなどで過ごしたこともあった。
会社が軌道に乗るまでは、オフィスに寝泊まりをしていた。二つの寝袋があれば、「BOX」は、居心地の良い、二人の基地となった。
お金が入れば、最新機器を導入して、作業場所のグレードアップに注ぎ込んだ。自分達の遊びのためのお金なんて、一円足りとなかった。ただ、「BOX」に愛情と情熱を注いできたのだった。
「僕は、会社を手放そうと思います。」
須田は、バッと、隣のじゃんを見たが、その横顔からは、感情が読みとれなかった。
「BOXは、新しい転換期にきてると思います。僕達、二人で造った会社ですが、もう、手放して、事業を拡大していくことに視点を移していきたいと思っています。」
「じゃあ、もし、アメリカに支社を設けることになったら、じゅん、向こうに行ってくれるな?BOXがうちの一部になれば、早いうちに、その計画に着手しようと考えている。」
「はい。」
「良太、お前の意見は。。
っと、その前に、お前、その顔どうした?!」
殴られた痕は、赤紫のアザになり、見るからに痛々しかった。身体のキズも痛むので、何度か、椅子の座り方も、身体を庇うように調整していた。
「正月に、実家でいろいろありまして。」
「そうか。。。新年早々、お前んち、激しいな~。おっと、それで、話を戻すとするか。で、良太、どうなんだ?」
「俺は。。。俺は、BOXを手放したくないです。手放す気、一ミリもありません。すみません。」
須田は、真剣な眼差しで、西條を縛るように、見据えた。
隣で、じゅんが静かに呼吸を整える仕草をし、肩が微かに揺れた。
「BOXは、俺とじゅんが二人で作って、手を掛けて育てた、子どもみたいなもんなんです。会社を大きくするなら、俺とじゅんで、それをやります。きっと、俺達なら、やれる自信はあります。ってか、俺はやります!」
そう言うと、須田は、隣に座るじゅんの手を勢いよく、掴んで、立ち上がった。
「じゅん。それで、いいよな?」
「。。。」
じゅんの何も言わない、目をそらす仕草を見て、須田は、腹の奥に溜めていた、気持ちをぶちまけたくなってきた。
「俺、お前に言いたいこと、あるわ!なんか、昨日からさ、思ってもないことばかり、言うなよ!!いつも、そうやって、自分だけで勝手に決めて。何でも、自己完結するんだよ、お前は!そう言うの、もう、やめて、俺の強さ、いい加減信じろよ!」
その瞬間、じゅんの瞳が光を宿し、隣で、高ぶらせた感情を、自分にぶつけてくる須田を捕らえ、離せずにいた。
「もっと、俺に頼れよ!俺に甘えて!俺にわがまま言って、BOXも俺も、誰にも渡したくないってさ、叫べよ!!!」
須田は、目の前の西條のことなど、気にもかけずに、じゅんに向けて叫んでいた。
沈黙が流れた。。
じゅんは、決心した様子で、西條を真っ直ぐに見つめ返した。
「西條さん、、、、僕も、BOXを手離す気は、一ミリもないです。BOXは、良太と僕の全てが詰まった、何よりも大切な会社です。今回、お声掛けて頂いたのですが、丁重にお断りさせて下さい。本当にすみませんでした。」
そう言うと、じゅんは、深々と頭を下げた。
西條は、そんな、二人の姿を羨まし気に眺め、大きく溜め息をついた。
「お前らさ、いいよな。悔しいけど、本当に、お似合いだよ。」
二人は、真っ直ぐ、西條の方を向くと、もう一度、一礼し、社長室を後にした。
正月ムードの大通りは、セール目当ての買い物の客で、賑わっていた。須田は、ビルから出ると、じゅんの手をいきなり掴み、颯爽と歩きだした。
じゅんは、自分を掴む、手の力強さから、何か、須田の決心を感じ、連れられるままに、後に続いた。
「良太、今、何処に向かってるの?」
「秘密」
「教えろよ。」
「やだね。」
新しい人生の箱が開かれた。
二人の足取りは、軽やかなリズムを響かせ、未来へ向かって、歩き出していた。
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