パンドラの箱

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パンドラの箱

じゅんと須田の経営する「BOX」はデザイナービルの2階に入っていた。 社員は、五人と小さな会社であったが、アプリ、ゲーム、Webサイト制作と、勢いのある会社だった。 今でこそ、経営者二人はマンションに暮らして居るが、会社立ち上げの頃は、ほぼ、会社で寝起きしていた。 昨晩、じゅんは、システムトラブルを解決すると、会社から徒歩20分の自宅マンションに帰宅した。須田と言えば、そのまま、会社に泊まるとのことで、オフィスに設置されたシャワーと寝袋で万事、問題なく過ごせるらしかった。 マンションの最上階に位置する、じゅんの部屋の窓から、朝日が射し込んできた。北海道は、春になり、ようやく、雪解けを迎えた。ただ、まだまだ、肌寒い時期ではあった。 じゅんは、起きると、コーヒーを沸かし、出勤前の準備に取り掛かった。昨晩、アップしたシステムの稼働チェック、メールの確認、シャワーを浴び、スーツに着替えた。 「BOX」は、服に関して割りと自由で、Tシャツにジーンズで出社する社員も中には居た。じゅんも大抵はラフな格好で出社するが、今日は、取引先のシステム機器製造メーカーにこのまま、打ち合わせに行く予定があった。パンとフルーツで朝食をとり、身支度を整え、部屋を後にした。 市街地でも一際、立派なビルの前にじゅんは来ていた。受付を済ませ、エレベーターで社長室に向かった。 ここの社長は、じゅんと須田の大学のゲーム同好会OBで、やはり、北海道で、起業していた。そのため、じゅんが会社を設立する際の候補地としては、やはり、この土地が有力ではあった。 「西條さん、おはようございます。」 「おっ!じゅん、おはよう。凄い、久しぶりだな。」 西條の会社は、いろんな業種で使用されている電子会計機器を製作し、かなりの売上を上げている企業で、その中のプログラムを「BOX」に発注していた。 また、実のところ、じゅんが大学時代から、二人は良い仲にあり、「BOX」立ち上げの際に、パトロンからの出資があったと言うのは、この男からであった。 西條は、渋く年を重ねた50代で、男の色気を纏っていた。まだまだ、遊びの方も現役で、男女関係なく、いけるくちであった。そんな、男なので、長年、妻とは別居中ではあったが、向こうは別れる気はないらしかった。 「じゅん、今回も案件よろしくな。納期は急いでないから、まぁ、時間はある方だな。日程の詳細はまた、連絡する。」 「はい。」 暫し、西條から、案件の話しや、最近のビジネスの主流の話しを聞いた。西條は、先見性が高く、教わることが多かった。 今日のじゅんは、女装の姿と打って変わり、スラリとした身体で、仕立ての良いスーツを着こなしていた。その姿から、男と言うより、歌舞伎の女形の形容がぴったりで、物腰柔らかく、上品で、美しかった。 「じゅん、お前が恋しいよ。やっぱり、他じゃダメだよ。また、関係をやり直したい。」 西條が、いきなり、ビジネスライクから、じゅんの知っているプライベートの甘あまモードになった。大抵、じゅんが社長室に来ると最後は、こうなってしまうのだ。 西條は、じゅんに静かに近づき、その腕でじゅんをすっぽりと包んだ。 「いいだろ?」 西條のかすれた声が、じゅんの耳元で囁いた。 じゅんは、つい先日、須田に 「あきらめず、運命の相手を探し中」 と話したものの、独りの寂しさから、前みたいに、この頼れる胸に身を委ねたいとも思った。 「考えておくね。」 じゅんは、西條の唇にそっとキスをし、社長室を後にした。 「BOX」では、寝袋にくるまった須田が、社員出社の気配で目を覚ました。 「また、須田さん、家に帰んなかったんすっか?!」 デザイナーの元木のチャラい声が目覚まし替わりとなり、須田は、起きた。 「昨日、お前達、帰した後、納品予定のシステムがエラー起こして、帰れなかったんだよ。で、どうにか、じゅんが来て、アップできたけど。」 「さすが、じゅんさんっすね。可愛い、優しい、仕事ができる!」 キーボードの音しかしない朝のオフィスで、一人、元木は盛り上がっていた。「朝から、こいつ、テンション高いな。。。」 須田は、立ち上がり、さりげなく、じゅんのデスクを見ながら、女装姿のじゅんのことを思い出していた。 ピッ セキュリティーカードの音と共に、外回りのじゅんがオフィスに入って来て、そのまま、須田の元に向かった。 「良太。西條さんから電子会計システムの案件入ったから。詳しくは、また、連絡することになったよ。そんな、急ぎではないらしかった。」 じゅんを前にして、いつものようにとはいかない須田は、デスク上の書類を片付けながら、話を聞いた。 「了解」 なるべく、視線は合わないように、自分のこの妙な気持ちに気がつかれないように、須田は振る舞っていた。 須田に報告すると、じゅんは、デスクに着き、仕事を始めた。 須田のデスクから、じゅんの美しい横顔が見えた。耳にかかった艶やかな黒髪。細くて長い指。頭に、Barレインボーで会ったあの女性が横切り、恋しい気持ちが募った。「もう一度、会いたい。」須田は、ため息を吐いて、何事もないように、パソコンに向かった。 繁華街のネオンが輝やく時刻。仕事終わりの会社員達の姿が、窓越しに見えてきた。 IT企業というのは、残業があたり前なって、なかなか、定時退社が難しいのだか、「BOX」は帰れる時は定時に帰ろうと言う社訓があり、案件が立て込んでいない時は、社員達をあまり、遅くならないうちに帰宅させていた。無駄な残業も会社としては、利益を生まない。 パソコンを叩くキーボードの音だけがするオフィスには、二人の経営者は、定時退社とは行かず、残って居た。 「良太。昨日のことだけど。。。ほら、女装の。」 「え?」 思いがけず、じゅんが昨晩の話をし始めた。 「あれ、俺のストレス発散方法なんだよ。一時期は辞めてたんだけどさ、ほら、真剣に恋愛してた時は。今、また、始めて。」 「あ~、そうなんだ。」 須田は、そんなに大したことことでもないような返事をした。 「こいつは、僕がゲイだって、告白した時も、普通に受け流してたっけな。その後の態度も全く変わらずだった。」とじゅんは、大学時代のことを思い出した。 じゅんが尊敬する須田の性格は、人を先入観で決めつけない所だった。あまり、人に興味がないと言えば、それまでだが、自分の価値観を押し付けてこない。人は人、自分は自分で生きている様に見えた。 じゅんは、隠し事なく、須田の前では居れ、二人の間には信頼関係があった。だからこそ、若い二人が経営者として、起業し、成功できたのかもしれなかった。 「まぁ、ストレスは溜めるとよくないから、じゅんが良ければ、いいじゃん。」 「うん。」 じゅんは、須田の反応にほっとしたようで、安堵の笑みを浮かべた。 「けど、じゅんだとは、まさか、思わなかったな~。めちゃくちゃ、いい女がBarレインボーに居て、俺、正直、びっくりしたわ。」 須田があまりにも誉めてくれるので、じゅんは、少し得意気な気分になってしまった。 「実は、毎週、金曜日に、女装してるんだ。良太がそこまで、言うなら、また、その姿で会う?僕もやりがいあるよ!」 「なんだか、妙なことになった」と、須田は、珍しく、嬉しそうにしているじゅんを見ていた。
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