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目をそらさずに
じゅんと須田が、一緒に暮らし始めてから、三度目の春を迎えていた。
FRIDAYナイトの今日は、都会のオアシス「Barレインボー」で、二人は週末の夜を過ごしていた。
「ちょっと、げんちゃん、聞いてよ!この子達ったら、駅前の広大な敷地に建てられた、高級リゾートマンションに住んでるのよ~!ほら、365日24時間、コンシェルジュが居る、あそこ!」
ママは、365日、タンクトップのレインボーのニューフェイス、げんちゃんに向かって、勢いよく、話していた。
げんちゃんは、昼間は、ジムを運営していて、縁あって、ママと知り合い、たまに、助っ人で、バーに手伝いに来ていた。
げんちゃんのガチムチな肉体は、ボディービル大会、上位入選の風格を隠しきれないでいた。
「私も、いつか、住みた~い~。げんちゃん~買って~。」
げんちゃんは、持参のプロテインを飲みながら、甘えた声で、すり寄るママを優しい眼差しで包んでいた。
「ママも、幸せそうじゃん。」
じゅんが、嬉しそうに、微笑んだ。
数年前の自分を思い出すと、なんだか、随分と昔のように感じた。
自分のことが、分かっているようで、分からず、大人のようで、子どもみたいだった。
転ばないように、生きてきたけど、ぶっ倒れて、見えてきた事が沢山あったと、今、思う。
「そう言えば、おふくろから、電話あってさ、親父、今、ボランティアで、青少年育成会の相談員やってるんだって。」
「そうなんだ。良太のお父さん、ボランティアなんて、感心だね。」
「うん。そこでさ、いろんな子ども達の悩みを聞くらしいんだけど、自分が教えられることの方が沢山あるって言って、頑張ってるらしい。」
須田は、少し、はにかんだ表情で、手元のウィスキーグラスを回していた。
「おふくろがさ、来年の正月は、じゅんも連れて、実家に来て欲しいって。もちろん、親父も。妹達も会いたがってるらしいよ。お前に。」
「そうかぁ。なんか、嬉しいな。」
じゅんはそう言うと、須田にそっと、寄り掛かった。
「本当に、嬉しい。。。」
暫く、じゅんは、目を閉じて、須田の鼓動を感じていた。
「そうそう。じゅん。菅野さんと大くんから、ハガキ届いてたね。」
寄り掛かるじゅんの髪を、須田の手が撫でていた。
「本当?ハガキか~、嬉しいな。元気そう?前に、大くんからのメールで、神奈川の病院で、研修医として、忙しくしてるって、書いてあったけど。」
「夏に、神奈川の方に、遊びに来ないかって書いてあったよ。二人で、お盆休みに、遊びに行ってみるか?!」
「わぁ!行きたい!住まいは、神奈川の海沿いだったよね?東京にずっと住んでても、そっちの方は行ったことないな~。」
「でさ、ジェームスも、ボーイフレンド連れて、アメリカから来るらしいよ。じゅん、どうする?」
須田は、まだ、あの夏のジェームスとじゅんのその後を気にかけていた。
あの時、ジェームスは、じゅんに夢中であったのは確かだった。クリスマスシーズンに、アメリカに招待して、家族や友人に会わせたいと、皆の前で話していた。それなのに、ショートトリップ後に、なんの波乱も起こすことなく、帰国してしまった。ジェームスには、幾度も、じゅんのことで、やきもきさせられたが、密かに、彼のことが、気がかりではあったのだ。
「もし、僕が、ジェームスの目の前に現れたら、彼を嫌な気分にしてしまうかも。きっと、僕に会いたくないんじゃないかな。」
あんなに、濃密な一ヶ月を一緒に過ごしたのに、あれから、お互い、連絡を一切取っていなかった。「あの時、ジェームスの優しさに甘えてた。ジェームスは、楽しくて、優しくて、カッコいいのに、何かが違った。。何が、しっくりこないのか、分からない。ただ、はっきりと言えることは、僕達の相手は、それぞれ、違ったと言うこと。。。」
「じゅん。。」
須田が、じゅんの思い詰めた姿を見て、肩を抱き寄せた。
「僕さ、あの夏、ジェームスの気持ち知ってたくせに、良太への気持ちに気がついて、自分のことでいっぱいになっちゃって、彼の想いから逃げて、うやむやにしちゃった。」
二人の深刻そうな姿を見て、カウンター越しのママとげんちゃんが心配そうな面持ちをしていた。
「もし、会えるなら、きちんと、友人になれるように、話をしたいな。傷つけて、いい人なんて、いないよね。。。」
真夜中になる前に、二人はBarレインボーを後にし、家路をゆっくりと歩いていた。
二人の繋がれた左手薬指には、指環が白銀に光っていた。
まだ、肌寒い北の春は、お酒の酔いを冷ますのにちょうど、良かったし、バーでの話を消化するにも、少し歩いた方が良かった。
マンションの敷地内まで来ると、都会なのに、沢山の木々が迎えてくれ、整備された森の遊歩道を通るだけで、天然のマイナスイオンが癒してくれた。
じゅんは、突然、立ち止まると、須田の首に手を回し、いきなり、唇を奪ってきた。
あまり、じゅんからの積極的な行為は今までなく、大抵は、須田がリードする流れだったので、このことは、須田を驚かせた。
「じゅん、どうした?何か、いつもと違うけど。。。まぁ、お前から積極的なのは、すんごい嬉しいし、何ていうか、その、興奮するっていうか。。。」
須田が、ぐいぐい来るじゅんの肩を掴んで、一旦、絡まる舌を離した。
じゅんの瞳が潤み、睫毛は、長く艶やかに影を落とし、濡れた唇は、須田を求めていた。
「じゅん、いつになく、綺麗だよ。」
須田が、じゅんのサラサラの髪を耳にかけ、その美しい顔を見つめた。
「良太、あのね。」
じゅんが須田の腰に手を回しながら、熱い眼差しを向けた。
「今日、嬉しかったんだ。良太のご両親が少しは、自分達を認めてくれたようで。。。」
「じゅん。。。」
「なんだか、ほっとした。」
須田は、目の前の愛しい男を、きつく抱き締めた。
「じゅん、夏に、大くんと、菅野さんの所、行ってみよう。」
とろけそうな満月が緑の隙間から、二人を照らしていた。
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