FRIDAY

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FRIDAY

約束の金曜日の夜がついに来た。須田は、定時に退社し、都市の中心部にある公園で、じゅんと、正確に言うなら、女装のじゅんと待ち合わせをしていた。 公園からは、この街のシンボルであるテレビ塔が見え、写真を撮影する観光客で夜も人影があった。 先日、妙な話しの流れから、金曜日の夜に女装のじゅんと会う約束になったのだったが、それからと言うもの、須田は、この日が来ることを心待ちにしていた。 はっきり言って、初めて、女装のじゅんとBarで出会った時、一瞬で魅力されてしまった。 今まで、生きてきた中で、あんなに美しい人に出会ったことがなかった。頭では、自分の友人であるじゅんだと分かっていても、心は、あの美しい姿が掴んで離さなかった。 「お待たせ。」 緊張の面持ちで待っていた須田の前に、淡いブルーのシャツに、白のタイトスカート、品のいいコートを装おった、じゅんが芳しい香りを放ち、現れた。 「あっ。」 須田は、また、会えた嬉しさと、あまりの綺麗さに言葉が出なかった。 「凄い綺麗。」 じゅんは、須田の反応が嬉しく、サービスのあまり、腕にそっと触れ、組んできた。そして、上目遣いの甘えた目付きで須田を見た。 「じゃあ、良太、飯、行こうか?」 「めし。。。って。やっぱり、お前、じゅんだな。」 二人は笑いながら、レストランに向かった。 レストランは、北海道開拓時代の歴史的建築物を改装して造られ、雰囲気があり、女性の客やカップルが多数、訪れていた。 二人は、予約していたテーブルに案内された。テーブルに着くと、ランプが灯され、二人をオレンジ色の暖かい光が照らした。その光景は、どこから見ても男女のカップルであった。 「僕さ、小さい頃から、女の子になりたくて、なんで、自分は男なんだろうって思って生きてきたけど、こうして、好きな格好で、こんな、素敵場所に来れて、なんか、最高。良太、僕の趣味に付き合ってくれて、ありがとう。」 突然、面と向かって、感謝の言葉を伝えられ、須田は照れてしまった。 「お前が、喜んでくれるなら、いつでも、付き合うよ。俺も、目の保養になるし。なかなか、俺みたいなのが、こんな美人を連れて歩くことないしな。」 二人は、視線を交わし、まるで、禁じらた遊びを楽しんでいるようだった。 レストランの食事はどれもおいしく、じゅんと、須田は、よく食べ、よく飲み、よく、話し、笑った。楽しいデートの時間はあっという間に過ぎた。 レストランを出ると、須田は、エスコートするように、じゅんをマンションまで送ることにした。 普段なら、男同士、食事をしたら、その場で、別れるのだか、やはり、女装のじゅんがそうさせたと言うか、須田もこの美しい人と離れがたい気持ちだった。 どちらからともなく、二人の手が触れ、絡み、手を繋いだ。こんなに、長く一緒に居て、初めて、お互いの手の感触を感じていた。じゅんの華奢で繊細な手と、須田の男らしく、骨格のしっかりとした手が合わさる。マンションまでの道を無言で二人、手を繋ぎ歩いた。 「僕のマンション、ここだから。」 じゅんが、高層マンションのエントランス前で止まった。お互い、よく知った仲では、あったが、家を行き来することは、なかったので、須田は、初めて、じゅんの住まいを知った。「俺の築40年のマンションとだいぶ、違うな。」 「寄ってく?」 須田の超絶タイプの女になっている自覚はないのか、じゅんが可愛らしい笑みを浮かべ、無邪気に部屋に誘ってきたが、須田は、今、部屋に入ってしまったら、自分を抑制することは不可能だと分かっていた。「俺は今なら、あのピンクの形の良い唇にキスをしたくなってしまう。そんなことしたら、今後、仕事に支障をきたす。。。」 「帰るよ。」 須田はそう言うと、繋いだ手をパッと離した。 「今日は、いい夜になったよ。また、何処かでデートしような。」 そういうと、手を軽く上げ、くるりと背を向け、その場を颯爽と去って行った。 じゅんにとって、キスもないデートは初めてだった。大抵は、見返りのように、男達から、キスも身体も求められた。まぁ、今回は相手が須田なので、始めっから、そんな、期待もなかったが、じゅんにとっては、新鮮な別れ方だった。「今晩は、良太のおかげで、久しぶりに、本物の女の子になれた様だった。楽しかったな~。いいストレス発散になった!良太に感謝だな!」じゅんのハイヒールの足音は軽やかなリズムを奏で、ロビーへと入って行った。 帰り道、須田は、じゅんとの今日のことをふりかていた。あんなに、楽しかったデートは初めてだったし、待ち合わせから、会える嬉しさでドキドキしたり、過去に、彼女とそういった場面は何度もあったが、対して、何も感じない自分が居た。言うなれば、いつも、心ここにあらずという状態だった。 帰りも、自宅まで送り届ける配慮も欠けていたため、冷たい男とか、自分本位とか、散々な言われようで、どの関係も、別れを迎えていた。 自分でも、言われる通り、何かが欠落した人間だと思っていたし、だからと言って、直すこともなかった。 けれど、今日は、明らかなに今までの自分とは、違った。常にドキドキして、話しも弾んで、じゅんが笑うと嬉しくて。。帰るのも惜しいくらい、別れ際が、後を引いた。もう少し、自分の気持ちのコントロールが弛いでいたら、どうなっていたかわからなかった。 「女装のじゅんだから、惹かれたのか?けど、まじまじと見れば、あれは、どう見たって、友人のじゅんだ。化粧してなくても、女物の服着てなくても、男のじゅん。。。女性だと思えば、好意を寄せて、男と分かればありえない?これって、なんだ?」 須田は、自問自答し、帰路へ就いた。まだ、肌寒い、四月終わりの週末の夜に。
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