恋とは

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恋とは

土曜日の午後、須田は、珍しく、休日に街へと繰り出していた。目的は一つ、今の伸びっぱなしの髪をどうにかするべく、行き着けの床屋に向かっていた。 市街地は、おしゃれなショップ、レストランが建ち並び、ショーウィンドに映る自分は、スタイリッシュとは、ほど遠い姿だった。「よく、これで、じゅんの奴、俺と歩く気になったな。。。」まじまじと見れば見るほど、じゅんの美しく女装した姿には不釣り合いだった。 そんなことを思いながら歩くと、今まで、通り過ぎていた場所に、流行最先端を走るような、ヘアーサロンがあることに気がついた。店内には、男性客の姿も見えた。 須田の気持ちは、行き着けの床屋とは、別の道に向かっていた。 「いらっしゃいませ。今日はどのようにしますか?」 流行の服に身を包んだ男性美容師に上から下までチェックされているように感じた須田は、鏡の前に座りながら、居心地が悪くなっていた。 「あっ、短く、カットで。」 「これ、なんて、どうですか?きっと、凄くお似合いになると思います。」 開かれたヘアーカタログのページには、ツーブロックで、サイドを刈り上げられたモデルの写真が載っていた。 「お客様、髪質柔らかいし、癖っ毛なので、ワックスなどで整えると、自然なウェービスタイルになって、絶対にカッコいいと思います。」 美容師に強く押されたヘアスタイルをオーダーし、数十分後、鏡の前には、今までと違う姿の自分が映っていた。 「やっぱり、イケメンですね!」 お世辞なのか、どうなのか、すんなり、真に受けれない言葉ではあったが、鏡の中の自分は、前よりずいぶんと良くなったように見えた。 新しい姿の須田は、新鮮な気持ちで街中を歩いていた。短くなった髪のせいで、首元が冷たい。思い違いか、女性からの視線を感じた。 須田は、なんだか、じゅんに今すぐにでも、会いたくなってしまった。正確に言うならば、女装の方のじゅんに。「もしかしたら、Barレインボーに行けば、会えるかもしれない。」そう思うと、足早にバーへと向かった。 カラン ジャズの音色が、心地よく、須田を迎えてくれた。 いつもなら、ママのワントーン高い声が聞けるはずなのに、須田が店内に入っても、何の反応もなかった。店には客がまだ、まばらだった。 黙って、須田は、カウンターに座り、生ビール一杯を頼んだ。 「え!え!え~!あんた、須田だったのぉぉぉ?!どこの、イタリア帰りのハンサムかと思ったじゃないのぉぉ!」 興奮状態のママの声で店が、一瞬、揺れたようだった。 「あの、もっさりボーイが、こんな、イケメンになっちゃって!エモすぎじゃない!すぐに、じゅんに教えたいけど、教えたくない気もするぅ~!」 と言いながらも、結局、ママは唐突にじゅんに電話をかけていた。 トゥルトゥル 須田は、無意識に涼しくなった首を触りながら、目はじゅんに電話するママを見ていた。 「じゅん?今、何処?え~、元彼と一緒?買い物?これから、こっち来てよ。須田が、髪切ってイメチェンしたから!待ってるからね!」 プッ 「元彼。。。って、あの、K大医学部の?」 思わず、須田は、今の会話で一番引っかかったことを口にしてしまった。 「そうそう、なんか、一緒に買い物をしてたんだって。今から、あんた、見に来るってよ。」 ママが、満面の笑みを見せた。 じゅんが、去年、半年ほど付き合っていた彼は、北海道K大学医学部の生来大(せいらだい)と言って、神奈川出身の23才だった。紆余曲折あって、初恋相手の元高校教師で、今は、岩手にある国立I大学で、日本古典を研究する男と、もっか、遠距離恋愛中だった。 カラン 「お~!」 何やら、店の入り口から歓声のような声が聞こえ、振り向くと、じゅんとその後ろから、外国人モデルのような風貌の長身の男が入ってきた。 じゅんやママから話しには聞いていたが、確かに、じゅんの元彼は、浮世離れしたイケメンで、男でも目のやり場に困るくらい、美しかった。 「良太、似合ってるよ!」 じゅんが、須田の座っている隣の椅子に腰かけ、正面から、須田をまじまじとみつめた。 今日のじゅんは、いつもの、友人じゅんだったが、女装のじゅんをその後ろに想像してしまうと、なかなか、至近距離で、直視できなかった。 じゅんの手が須田の刈り上げた部分に優しく触れた。須田は、咄嗟に、後ろに身を反らした。 「嫌だった?」 「。。。」 その様子を、流し目で見ながら、生来は、グラスビールを注文した。 土曜日の夜のBarレインボーは気がつけば、満席状態で、ママは、忙しくしていた。 じゅん、須田、生来はカウンター席で、飲みながら、男三人、いい夜を過ごしていた。 須田が見るからに、じゅんは、元彼である生来に対し吹っ切れていて、今では、友人の一人として、付き合ってるようだった。 「良太、見て。大くん、すごいんだよ。ほら。」 そういうと、じゅんは、生来の左手をとって、須田に見せてきて、その左手の薬指には、指環がはめられていた。 「菅野先生にもらったんだって。うらやましいな~。僕もいつか、欲しいな~。」 須田は、まだまだ、ノンケから抜け出しきれていないので、男が男に指環を贈ることに頭が追いつかずにいたが、生来の幸せそうな顔を見ると、羨ましい気持ちも感じた。「やっぱり、女装のじゅんと出会って以来、おかしな感覚が芽生えつつあるな。。。」 「須田さんって、お付き合いされてる方、いるんですか?」 いきなり、生来に質問され、戸惑いを隠すため、飲んでいたウィスキーを飲み干した。 「付き合ってる人は、いないけど、めちゃくちゃ可愛いと思ってる人は居るよ。その人と、昨日、初めてデートした。。。」 お酒の力もあってか、じゅんの前で大胆発言をしたはいいが、耳を赤くし、須田はうつむいてしまった。 学生時代から彼女はいたものの、一目惚れは初めての経験だったため、女装のじゅんには、童貞な頃くらいのピュアな気持ちを須田は持ってしまっていた。 「良太。。。その人って、まさか、女装した僕のこと?」 じゅんが、人差し指を自分の唇にあてて、全く予期してなかった須田の発言に、びっくりした様子だった。 「良太、昨日、まじで言ってたの?ノリで僕の趣味に付き合ってくれたのかと思ってたけど。。。」 じゅんは、かなり、困ったように、腕を組ながら、天を仰いでいた。 「嬉しいけどさ、女装の僕のこと可愛いって思ってくれるのは。けど、お前、報われないじゃん。だって、実在はしないんだから。よりによって、何で、女装の僕なんか。」 「BOX」の経営者であり、長年の友人である二人の間に、不穏な空気が流れた。。。 「ごめん。なんか、ドタイプで。。忘れるようにするから。あんまり、今の気にしないで。俺、飲み過ぎたわ。」 じゅんのややキレ気味の態度に、半ば、破れかぶれになって、須田は、必死に謝っていた。 二人のやり取りを隣で見ていた生来が、薬指の指環を見つめながら、 「まぁ、起きてしまったことに、身を任すことも、悪い結果ばかりとは言えないと思うよ。」 と感慨深げに伝えた。 そんなこんなで、時間は、深夜となり、男三人、バーを後にした。外は、新緑の薫りを含み、ひんやりしつつも、爽やかだった。 「じゃあな、良太。僕達、こっちだから。今日、大くん、うちに泊まるから。」 とじゅんがマンションの方向を指した。 「。。。」 じゅんの隣に、じゅんが昔、狂おしいほど、愛した元彼が立つていて、そのじゅんの姿は、須田を心配にさせた。いやいや、正確に言うなれば、女装のじゅんを。「万が一って、あるじゃん。」 「じゃあな。」 須田の心配をよそに、じゅんが、手を上げ、歩き出そうとした瞬間 「じゅん、俺も、泊まりたい。」 またしても、予期せぬ須田の発言に、じゅんは驚きを隠せないでいた。
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