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もうすぐ夏休みになるという蒸し暑かった一日の終り。
目の前を歩いているのがハルだということに気づいて少しだけ距離を取った。
ハルはその日、日傘をさしていたのだけれど。
日傘の下の紐の部分にくくりつけていたのが緩んだのか、日傘入れがポトリと落ちた。
それに気づかないで歩き続けるハルに手渡すべきか一瞬迷って、でも。
拾い上げて彼女の元に走る。
トントンと肩を叩くといつかのようにビクンと肩をすくめて振り返った君は。
僕を見て酷く動揺しているみたいで。
「落ちたよ」
彼女の落とし物を差し出すと。
口元が「ありがとう」と。
だけど悲しそうに僕から目を伏せるから、ああやはり迷惑だったんだと落ち込んだ。
「じゃあ」
すぐに背を向けて歩き出そうとした僕の背に触れた温もりにハッとして振り返ると。
『元気ですか?』
傘を畳んだ彼女が僕を見上げて手話で話しかけてきた。
『私は元気です、でもね、ずっと寂しかったです』
目にいっぱい涙を溜めた笑顔で。
『あなたは知らなかっただろうし、私じゃあなたには似合わないんだけれど、』
似合わない、て何? わからないよ、ハル。
『私はあなたのことがずーーーっと、好きでした』
手話が苦手だと言った僕にわからないようにだろう、一方的で速い彼女の手話に。
涙が落ちたりしないように唇噛みしめて僕はその先を見守る。
『友達でいられるだけで嬉しかった、だけどあなたにはもっとお似合いの人がいるみたいだし。私がいたら邪魔になっちゃうから』
お似合い? あの日もしかして君が誤解したのは。
『今も私、あなたが大好きです! でもね、さようならします』
僕に言葉の意味を気づかれぬように精一杯微笑んだ彼女に首を横に振った。
さよならなんて、そんなのもう無理だよ。
『5分だけ、俺に下さい』
必死に覚えた手話で彼女に伝えて見たら驚いたように目を見開いていた。
『どうして?』
何故僕が手話をそんなに出来るのかと、信じられないと首を横に振って。
笑いながら泣いている。
『泣かないで、笑って? ハル』
いつか君の役に立つかな、ってまた手話の勉強を始めたんだ。
笑って君の目を見て話したくて。
あと5分、拙い僕の手話で君に思いを伝えたら。
その先に流れる君と僕の時間は同じ速度になるのかな?
ハルの目を見て微笑んだら。
僕と同じように泣きながらも微笑んでくれたから。
息を吸い込んでずっとずっと伝えたかった言葉を。
『君が想うよりも、ずっと。僕は君のことが大好きです』
【完】
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